2016年12月02日

アカマツカサ Myripristis berndti

Myripristis_berndti

家主のKさんと一緒に、真夜中のリーフへ出た。
満月の大潮の、干潮。潮は引ききっている。それに波風がなく水面はガラスのようにピタリと静まって、透明なエビのせわしない脚の動きまでがくっきりと見えるほど。11月の八重山は北風が吹いてしばしば荒れるというけれど、その夜はKさんの滞在を天が慮ったかのような好条件だった。浜に立つとむき出しになった岩が黒々と眼前に広がり、ところどころの潮溜まりに夜空が映っている。はるか沖の方に、何かを漁り歩く人の灯が見える。

僕は釣り竿を持ってリーフエッジに立った。目の前は凪いだ海面と黒い島影、月明かりが滲む空。マーク・ロスコの絵みたいな静けさだ。水中でチカリチカリと何かが光っている。懐中電灯を向けると、ビルの屋上に立っているかのように足下からストンと落ち込むリーフの崖に沿って、赤い魚がガラス玉のような大きな目に光を受けつつキビキビ泳ぎ回っているのが見える。

ルアーをそのまま真下に沈めると、すぐにガクンとアタリがあった。平たい体をぐんぐん振っているのがよく分かる引きをいなしてリーフエッジから引き上げたのは、立派なアカマツカサだった。ついこの間、繊細な工芸品みたいだと惚れ惚れ眺めたヨゴレマツカサの幼魚と同じ仲間ながら、いま目の前で半身を水に浸して岩に横たわるこのアカマツカサの、生々しいまでの逞しさはどうしたものだろう。それは生き物が溢れ、競い合い、食いつ食われつし続けているこの海で、大人になるまで生き抜いてきた魚の顔だった。


 
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2016年11月25日

ヌノサラシ Grammistes sexlineatus

Grammistes_sexlineatus

ヌノサラシは皮膚から毒を分泌する魚で、それを初めて知った子どもの頃は同じ水槽の魚をバタバタ殺してしまう恐ろしい魚のイメージだった。実際、それに近い話を何かで読んだような気もするのだけれど、そういう情報はとかく独り歩きする過程で過剰に強調されやすい。本当のところはどの程度強い毒を出すものなのだろうか。

海の中でも、タイドプールでも、釣りでもこの魚と出会った。昔抱いていた恐ろしい毒魚のイメージとは異なり、ハタの仲間らしからぬコロンとした体型の実に愛らしい魚だ。縄張りを持つ魚の多くと同じように、海の中で近づいてゆくと岩の隙間やコンクリートブロックの陰で踏ん張った顔つきをしてしっかりこちらに向き直る。その背びれの前の部分だけがピョンと朱くて(未成魚の特徴らしい)よく目立ち、薄暗がりの中でもこの魚であると知れる。

皮膚から分泌されるのは粘液毒で、それで海水が泡立つので英語ではsoap fish(石鹸魚)と言うらしい。ところがヌノサラシを釣り上げて手にしてみると、泡立っていなくともこの魚自体がそもそも石鹸みたいなのだ。つるりと丸くて表面は滑らか。毒魚らしい自信の表れか、手の中でも少し体を反らせてみるぐらいであまりジタバタせずにおとなしくしている。どの程度泡が立つものかとゴシゴシ擦り合わせてみる…ようなことはさすがにせず、ポチャンと海へ還すと短い尾を振って深みへ消えていった。


 
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2016年11月18日

ノコギリダイ Gnathodentex aureolineatus

Gnathodentex aureolineatus

与那国島の岸壁で、最も頻繁に釣れたのがこのノコギリダイだった。

石垣島の岸壁釣りで見られる魚の顔ぶれも一通り出揃ったかな、と思っていたところだったので、与那国ではどんな新顔に出会えるかと楽しみにしていた。だから初めて見るノコギリダイが嬉しかったのは間違いないのだけれど、同時に物足りなさがあったのも事実だった。僕がたまたま出会っていなかっただけで、石垣の海にも確かにいるはずの魚だからだ。

落ち着いて考えれば、与那国と石垣との間の距離はわずか120kmほど。海の雰囲気は随分と違うけれど、ごく当たり前につながった海だ。そこに暮らす魚たちの相が大きく異なるわけもなく、「石垣島と与那国島」という違いで捉えるよりも、「同じ海のうちの、環境が異なる港」で釣りをしていると考える方が自然なのだと思い至った。そしてこの捉え方は、台湾、フィリピン、インドネシアと黒潮の経路を遡って考えてゆくときにも、ひとつの核になるものなのだと思った。

ノコギリダイについて、同行していた写真家のNさんは「あれは水中で大きな群れを作るからね、群れがいたんだろうね」と言い、僕の石垣島の家の主のKさんは「あれは胃の中から面白い貝がよく見つかるんですよ」と言った。さすが、八重山の海に長らく精通している方々は、魚ひとつとっても頭の引き出しから様々な情報がさらりと溢れ出てくる。


 
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2016年11月11日

ヨゴレマツカサ Myripristis murdjan

Myripristis_murdjan

お誘いいただいて、与那国島へ2泊3日の旅程で釣りに出かけた。

島の海岸線の大半は険しい崖で、白波がドウドウと砕けて溶け込んでいく真っ青な海には何十キロという大物がうろついている…そんな海にありながら、僕はいつもどおりの小物狙いに終始した。宿をとった久部良の漁港はすぐ足下に見える魚も多彩で大ぶり。そして深夜でも未明でも、真っ暗な海で小魚たちがどんどん釣り針に食いついてくるのが嬉しかった。普通、闇の中では夜行性のものといえどもそんなに次々と釣れはしないものなのだ。

そんな中でとりわけ印象に残ったのがこのヨゴレマツカサだった。
コロンとした体形に、硬質な輝きを放つ鱗が整然と並んでいる。手のひらに載せたとき、繊細な職人のつくった工芸品のようだと思った。博物館のガラスケースの中におさまっている螺鈿の印籠のようなものが頭に浮かんだ。懐中電灯の光をうけてじっとしている様子もまた、シンとした展示室の気配を思い起こさせた。

けっして与那国でしか見られない魚だというわけではない。けれども、このヨゴレマツカサと夜の港で出会えただけでも、この島へ来た価値は十分にあったと思った。


 
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2016年11月04日

“メッキ”四種 Young trevallies

young_trevallies_161104
(上から)ギンガメアジ Caranx sexfasciatus / ロウニンアジ C. ignobilis / カスミアジ C. melampygus / オニヒラアジ C. papuensis

この平たい魚たちはいずれも南方系の大型のアジの仲間で、幼魚時にはその金属的な光沢から「メッキ」と総称されている。夏には黒潮に乗って関東の海まで(茨城県の大洗でもこの魚を見た)やってくるから、大阪で釣りをしていた子どもの頃には、本州に居ながらにして南の海の魚に出会えるということで憧れの対象だった。

石垣島では港でも砂浜でも、海の魚がいるようには思えない小さな川でも、この魚たちに出会うことができる。メッキはあくまで総称であって、ここに描いたもの以外にもそう呼ばれる種はいるのだけれど、まずはこの4種がメジャーどころと言って差し支えない。

4種の幼魚の見分けは以外に難しく、釣りをしているとよく悩まされる。精確には形質をきちんと見定める必要があるのだけれど、数見るうちになんとなく「雰囲気」の違いは分かってきた。人ごみの中で知人の顔を見つけられるのと同じことだ。「左右の眉の始点と鼻の頂点を結ぶ直線の長さは、左目の幅の1.4倍で」などと精確に確かめなくとも総体を見てその人物だと判断がつくが、「他人の空似」には対処できない…その程度の確かさでの見分けはつくようになった。

まず、「ギンガメアジとロウニンアジ」「カスミアジとオニヒラアジ」はそれぞれ似たもの同士だ。

前二者の光沢には細かなザラつきがある。たとえるなら包丁の砥ぎ面のようなギラリとした質感で、鱗の並びにかすかな乱れがあるのかどうなのか、その光沢の中に一粒一粒の鱗の光が見える。そして口が大きい。これはあくまで僕の経験上だけれど、ギンガメアジとロウニンアジは口の後端が目の中心線の直下か、それより深くまで至っている。

一方の後二者、カスミアジとオニヒラアジの光沢は表面に透明感があり、薄い箔のような…やや極端に言えばタチウオのようなつるりとした質感に見える。そして鱗の一粒一粒は目立たない。口は小さくやや前に突き出しており、後端は目の中心線より前方で終わっている。

ここまでで2グループに分けられれば、あとは二者択一なのであまり悩まずに形質を含めた総体で判断がつく。
●ギンガメアジ…体は細長くてシャープ、えらぶた上方の側線開始地点あたりに黒点あり、腹びれ・尻びれ・尾びれ下葉は黄色く色づき、尾びれの後端は黒く縁取られ、ぜいごは黒っぽい
●ロウニンアジ…体は体高があり、目から口の距離が長く、ぜいごは特に色づかない
◯カスミアジ…胸びれが黄色く、背びれ・尻びれがうっすらと青みがかる
◯オニヒラアジ…尻びれ・尾びれ下葉が黄色く、えらぶた上方の側線開始地点あたりに白斑あり

こうしてぱっと見である程度の確度をもって見分けがつくようになって、この仲間と出会うのがますます楽しくなっている。


 
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