2013年02月22日

クモウツボ Echidna nebulosa

Echidna nebulosa


ウツボという魚にどうも興味がなかった。観賞魚としても食材としても馴染みがなかったし、あの凶悪で不気味な見た目がそもそもあんまり好きじゃなかった。マリンブルーの体にレモンイエローのライン、花びらのような鼻先がウツボの中では際立って美しいハナヒゲウツボも、顔つきは剽悍な殺し屋のようで話が通じなさそうやなあなどと思っていた。

そんなウツボ観が改まったのは昨年の夏。香川県の新屋島水族館でクモウツボに出会ったときのことだ。

新屋島水族館は、源平古戦場を見下ろす屋島の山上にある。「新」屋島、というだけあって2006年にリニューアルオープンしているのだけれど、これといった新しみはない。雰囲気としては1969年オープンの前身「屋島山上水族館」から根本的には変わっていないのだろうな、という印象だった。何となくバブルっぽい前時代感と、いわゆる観光地然とした洒落っ気のなさ。

しかし、そういう点こそがこの水族館の何よりの魅力。1983年生まれの身からすると、自分の子どものころのごくありふれた楽しい家族像は、常にこの雰囲気とともにあった。そして2012年でもやっぱりそこには同じように子どもたちが楽しそうにしている家族の風景があって、自分たちの育ってきた時代や、その時代を作ってきた親たちの世代は決して間違っていなかったんだと安心する。
なぜ水族館はもっと知的好奇心の探求の場にならないのか、なぜカップルが涼みに来たり子どもが走り回ったりする場所にしかならないんだと多少の憤りを込めて思っていたけど、人々の笑顔がある、それも大切なことなんだといつの間にか考えが変わった。

そんな新屋島水族館のクモウツボは、ろくに隠れる場所もない円柱形の小さな水槽で、かろうじてフィルターの排水管の陰にぴったりと身をよせていた。円らな目を見開いて笑ったような口をぱくぱくさせて、鼻先からは黄色い出っ張りが2本、にゅっと突き出している。その頭が水流にあおられてぶるぶる震えている姿があまりに可愛らしくて、妻と一緒にけらけら笑った。ウツボに対する少しネガティブな印象が改まったのは、このときだった。


クモウツボ Echidna nebulosa @新屋島水族館



 
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2013年02月15日

ハナミノカサゴ Pterois volitans

Pterois volitans


ハナミノカサゴというと、今年の元旦に岳父に連れて行ってもらった岡山県玉野市の渋川マリン水族館を思い出す。瀬戸内らしく明るい黄土色の砂浜がまばらな松林を背負う、美しい海水浴場のそばにあった。元旦の海はとてものどかだった。これも瀬戸内らしく綺麗な山型をした島が水蒸気に霞んで、遥か遠くは海面の藍色に溶け込むようにしてグラデーションをなしている。

自分たち以外には、砂浜で遊ぶ幼い子ども連れの家族と、松の木にロープを張って綱渡り芸の練習をする若い男の人、それに誰かが建物の陰で風を避けながら雅楽に使うような笛を練習している、その音だけがあった。水族館の隣には、妻が小学生の頃に海の学習で泊まりに来たという渋川青年の家があった。ペンキの剥げた門の周りは浜から吹き寄せられた砂で全体に白茶けて、野菊のような小さな花がいたんだ髪の毛みたいにバサッと塊で茂っているのが目に焼きついた。
すべてが懐かしいものの色をしている。そこにいると子どもの頃の思い出すら遡って作ってもらえそうで、水族館に入る前からこの場所がすっかり気に入った。

水族館は小ぢんまりとしていて、けれどもこれまでに行った地方の水族館の多くがそうであったように一つ一つの水槽に意思と矜持が感じられて、のめり込むように見て回った。ハナミノカサゴは縦長の小さな水槽に群れて、ゆっくりと息をしていた。ここでもう長く飼われてきたのか、がっしりと大柄な体格から太い剣を何本も突き出して、水槽の環境にすっかり馴染んでいるように見える。たまに頭を振ったり大きな蝶のようなひれを翻したりして水槽内での座標を変える、その一瞬一瞬の形がかっこよくて、iPhoneで何枚も写真を撮った。


 
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2013年02月08日

ベタ・インベリス Betta imbellis

Betta imbellis


赤や青の長いひれを持ち、どちらかが死ぬまで闘う魚として、あるいはコップで飼える魚としてよく知られているベタは、ベタ・スプレンデンス Betta splendensに品種改良を加えたもの。闘魚として古くから賭け事の対象にされてきたらしく、それだけ人間との関わりにも歴史があるから、長く改良を重ねた個体の中にはもはや原種とは似つかないド派手な姿になっているものもいる。

コンテストが開かれるぐらい、見た目についての品種改良が進んでいる観賞魚は他にもいて、盛んなのは金魚、錦鯉、グッピー。かれらも元は、色味の少ない地味な種だった。より美しく華やかで愛らしい姿を求めて、ブリーディングを繰り返す愛好家の執念と冷徹さは驚嘆に値する。何せ相手は生き物だから、全てが計画通りに運ぶとは限らない。その中で可能な限り遺伝形質をコントロールし、人為的な淘汰を行い、子が成長して親になりまたその子が成長して…という膨大な時間をかけて、魚たちを理想の姿に近づけてゆく。そこで起こっているのはナチスも青ざめるような優生思想の実行で、その賜物として改良品種は絵画的なまでに作り込まれた人為性と、あらゆる人為が及ぶことのない自然の造形とを兼ね備えた美しさの地点に到達している。

ベタ・インベリスは、元々いとこ分のスプレンデンス種ほどには闘争心が強くなかったらしい。だからかれらは賭け事の対象になることも、人の手を加えられることもなく、原種の姿のまま観賞魚になっている。好み次第であることを理解しつつ言うのだけれど、ベタに関してのみは品種改良の愛好家の執念も、ついに野生の煌めきには及ぶことがないのではないかと思っている。スプレンデンス種、インベリス種に限らず、原種ベタの美しさは東南アジアの熱帯雨林の土や枯れ葉を幾度もくぐり抜けて濾されて濾されて、静かに丸く澄みきった水からそっと生まれた宝石のよう。

品種改良に心血を注ぐ愛好家がいるように、ベタの場合には原種の飼育にのめり込む愛好家もいる。その両極端でそれぞれ人を惹き付けることができるのは、考えてみるとベタだけかもしれない。


 
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2013年02月01日

ウシエビ Penaeus monodon

Penaeus monodon


いわゆるブラックタイガー。実は日本近海にも、東京湾辺りを北限に生息しているらしい。クルマエビの近縁で、今では両者は別の属になったけれども過去には同属として分類されていたことがあるとのこと。大きなものでは30センチを上回るという大型種。

エビというのはいたってポピュラーな食材のわりにはお値段が高めだから、自身の“エビ好き度合い”と価格とを天秤にかけるとどうも手が出にくかった。それがいつの頃からか「バナメイえび」とシールを貼られた、ブラックタイガー基準で考えると破格とも言える安さのエビをスーパーで頻繁に見かけるようになって、その出自や正体が気になっていた。ブラックタイガーより色が薄くて、殻の模様は無地に近い。小型のものが多いせいか、ブラックタイガーより見た感じやや肉薄で、実際食べてみても弾力や厚みに劣るような気がするけれど、充分においしい。

「バナメイえび」ことLitopenaeus vannameiがなぜ安いかというと、病気に強く成長が早いということの他に、ブラックタイガーとの生態の違いがあるらしい。水底で2次元的に生活するブラックタイガーに対して、バナメイは水中を3次元的に泳ぎ回って生活するため、同じサイズの養殖池でもバナメイの方が数多く、効率よく生産できるのだと。

そんなことを知った折、ちょうど東南アジア産のブラックタイガーのフェアトレードに携わっている方とお話する機会があった。生産効率ばかりを求めて狭い養殖池にエビをぎゅう詰めにし、その劣悪な環境から来る病気を抗生物質で抑えるというやり方ではなく、適正な密度で飼育したエビを適正な価格で購入するという取引をされているとのことだった。

スーパーの鮮魚コーナーのエビが、分類や生態に関することがらから水産、経済、国際関係にいたるまで、縦横無尽に世界とつながっている。自分ひとりの小さな頭では、あっという間にパンクして思考の収拾がつかなくなってしまう。


 
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