2013年04月26日

オシャレハナダイ Plectranthias pelicieri

Plectranthias pelicieri
オシャレハナダイ Plectranthias pelicieri(左上)と、Plectranthias属のなかまたち

ハタというと大きくてふてぶてしい肉食魚のイメージだから、Plectranthias属の華麗なハナダイたちを見せられて「これもハタの仲間である」と言われてもにわかにはピンと来ない。しかし、よく見てみると彼らはなるほど、なかなか獰猛な顔つきをしている。大きな口と鋭い目は、確かに彼らがハタの血縁筋であることをよく示している。

魚を飼う楽しみの一つが、手元の小さな水槽の中に広大な自然のミニチュアを手に入れることなのだとしたら、小さくて美しい体に本来は飼えるはずもない大きなハタの風貌を備えたハナダイたちは、まさに夢のような存在だ。なかでもオシャレハナダイの美しさは際立っているし、顔つきの「いかつさ」も他のハナダイたちより勝っているように見える。いったいいくらで手に入るのだろうと何とはなしに調べてみると、30万円だった。想像していたのと桁が違った。

30万円で手に入れたオシャレハナダイもいつかは死ぬ。飼い主にしてみればどれほどのショックだろうかと想像してみたけれど、立ち止まって考えればその30万円は命の値段なのではない。ペットショップの生き物の値段は彼らが商品として店頭に並べられ、飼い主に引き渡されるまでのものであって(そういう取り引きの是非は兎も角として、だ)、飼い主の手元にやってきた命の尊さは、30万円のオシャレハナダイだろうが90円のネオンテトラだろうがまったく同じだ。そんな当然のことすら、今さらの発見のようにしか思い至れない。自分自身の生き物の飼い方には、後ろめたいところが山ほどある。


 
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2013年04月19日

カクレクマノミ Amphiprion ocellaris

Amphiprion ocellaris
カクレクマノミ Amphiprion ocellarisと、クマノミ亜科 Amphiprioninaeのなかまたち

クマノミの仲間が観賞魚としてポピュラーになったのは『ファインディング・ニモ』以降のことらしい。
ニモのモデルはカクレクマノミ(上段左)だと公式サイトにも書かれているけど、WEB上のあちこちに「…それは誤解で、ニモは本当はよく似た別種のクラウンアネモネフィッシュ(中段中)なのです」と書いてある。おそらく日本のディズニーはそんなこと当然承知の上で、日本でよく知られた「クマノミ」の名前を使うためにカクレクマノミだということにしてるのだろうから、「本当は…」みたいな話はちょっと面倒くさい。
中にはもう混乱して「ニモはクラウンアネモネフィッシュだということになってるけど、本当はカクレクマノミなのです」という逆バージョンの主張もあったりで、そういう逆転現象は自分の頭の中でもよく起こることだからなんとなく気持ちは分かる。

しかしクマノミと言えば、まずは何といってもニモよりも「イソギンチャクとの共生」で、理科の教科書で「共生」を説明するときは十中八九クマノミが取り上げられているのではないか。あまりにもそのイメージが強いので、もしこの先クマノミを飼うことがあるとしても、イソギンチャクなしに飼うことはちょっと考えられない(イソギンチャクなしでも問題なく飼育できるらしいけど)。

この機会に共生について調べてみると実に奥が深くて興味が尽きなかった。
昔習った記憶によれば、共生には3つのタイプがある。双方に利益のある「相利共生」、片方のみに利益のある「片利共生」、片方に利益・もう一方に害のある「寄生」。けれども最近の考え方では、共生とは硬直した特別な利害関係なのではなく、着眼点やそのときの状況や判断のスケール等によって様々に捉えうる、生態系の中の普遍的な関係であるらしい。

我々の細胞の中のミトコンドリアは、遥かに起源をたどれば細胞内に共生した別の細菌なのだと言うから本当に驚きだ。アリマキの細胞内には、そこでしか増殖できない細菌が2億年前から共生しているらしく、それもいずれはミトコンドリアのようにひとつの生き物の一部になっていくんじゃないかと思わされる。
人間の目から見れば、たった今どっちが得を、あるいは損をしているという種間の利害関係で共生を考えがちだけれども、超越的な視座から眺めてみれば、生物の進化というような大きなうねりの中の一つの現象をつかまえて、あれやこれやとこの場限りの意味付けして、理解したつもりになっているだけなのかもしれない。少し理解したと思ったら、すぐに「何もわかってない」と突きつけられる。だからこそ、自然科学は果てしなく人類を掻き立てるのだと思う。


 
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2013年04月12日

ルリスズメダイ Chrysiptera cyanea

Chrysiptera cyanea
ルリスズメダイ Chrysiptera cyaneaと、Chrysiptera属のなかまたち

目が覚めるような鮮やかな青と黄の組み合わせ。その美しさは勿論だけれど、ルリスズメダイとそのなかまがそれ以上に「そそる」のは、種によって異なる黄色の入り方だ。これは人の「整理して、理解する」欲求を刺激する。

「蒐集欲」というのとは少し違う。蒐集というのは限界がないか、あるいはあったとしてもそれが遥かに遠くて、だからこそ蒐集家は蒐集にのめり込むことができる。チョウの個体変異や、希少種を含むカミキリムシの蒐集には限りがない。「集め、自分のものにする」ということにどこまでも夢中になれる、それが蒐集の魅力だと思う。

それに対してルリスズメダイのなかまの場合、青い体に黄が入る種はそう多くはなくて、比較的手軽に「名前」と「黄色の入り方」を一覧することができる。しかも黄色の入り方は種によって一目瞭然で違っていて、簡単な間違いさがしにもならないようなレベルなので、視覚的な理解が簡単。個体変異もそんなに大きくはないようなので、2種のどちらとも判断がつかないような個体が出てくるケースも多くはなさそう(、な気がする)。

「この黄色の入り方は、この種類」というのを、パズルのピースをはめた時のように、すとんと自分のものにすることができる快感。それは自然に対する人間の、「理解したい」という根源的な欲求が満たされる感覚なのだと思う。


 
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2013年04月05日

オニカサゴ Scorpaenopsis cirrosa

Scorpaenopsis cirrosa
(左上)オニカサゴ Scorpaenopsis cirrosa
(右上)サツマカサゴ Scorpaenopsis neglecta
(左下)オオウルマカサゴ Scorpaenopsis oxycephala
(右下)ニライカサゴ Scorpaenopsis diabolus


見た目が良くて、同属に姿かたちの少しずつ異なる近縁種をたくさん抱えている魚は描き甲斐がある。オニカサゴはまさにそういう魚だ。種間差だけでなく個体差もバリエーションに富んで、美しかったりかっこよかったり可愛らしかったり。オニカサゴのなかまばかり描き続けてもなかなか飽きないかもしれない。

彼らのような魚を描く楽しみの根は、幼い頃の記憶の中の、生き物たちの絵が整然と並べられた図鑑の見開きにある。
図鑑の愉楽を的確に言葉にするのは難しいけど、それはきっと

1.知ること
世界のどこかにはこんな生き物がいて、こんなところでこんな暮らしをしている。それを知ることそのものや、そこから広がる想像によって、未知の世界に触れる快楽。

2.わかること
このなかまの魚は、色柄はとりどりだけれど形はなるほどみな同じだ。この魚とこの魚は同じなかまではないけど、なぜだかこんなにもよく似ている。そうやって生き物の姿を見ることで、その仕組み(分類とか進化といったもの)がなんとなくわかってくる。

3.見ること
美しいもの、かっこいいものを見るのは楽しいし、集められてずらりと並べられたものを見るのはコレクターでなくてもどこか心が踊る。純粋に、見ることのよろこびがある。

と、いうことじゃないかと思う。

オニカサゴのなかまを描くことは、この愉楽によって実によく心を満たしてくれる。



 
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