2013年06月28日

ボララスのなかまたち genus Boraras

genus Boraras

社会人になった年の5月に、ショッピングモールのペットコーナーで30センチ幅の小さな水槽を買った。大学進学時に実家を出て以来、水槽を持つのは7年ぶりのことだった。

水槽が小さいので、当然飼う魚も小さくないといけない。ほとんど迷うことなく、ボララスの仲間に決めた。かれらは大きくなってもせいぜい2センチ程度という小ささだけれど、東南アジアの魚に特有の、渋みのある美しさがぎゅっと詰まっている。30センチの水槽にボルネオの水景を夢見るにはぴったりの役者だった。

沈めた流木のせいで少し茶っぽく色づいた水、水草は陰性のシダの仲間だけ、照明は暖色系の明るすぎないものに。ワークデスクに置いた水槽に目線の高さを合わせるには、床に座って少しあごを上げないといけなかった。そうやって水槽を眺めていると、ジャングルの底を微かな水音とともに流れる水たまりのような小川の中に、自分もいるような気になってくる。厚く積もった枯れ葉に濾されて澄みきった軟らかい水の中を、きびきびとひれを立てて泳ぐ野生のボララスたちを想像して、いつまで眺めても飽きることがなかった。

その後、身の程をわきまえずに水槽を徐々に大きくしたせいで、近ごろどうも水槽の隅々にまで気持ちが行き届かない。こうしてボララスたちを描いたのをいいきっかけに、初心に戻って本当に好きな水景を作り直そうかと考えている。


 
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2013年06月21日

キダイ(レンコダイ) Dentex tumifrons

Dentex tumifrons

東京あるいは埼玉に住んで8年、初めて築地に行った。目当ては「Re-Fish食堂」だったが、その手前、山口は宇部と萩のアンテナショップ「Bucch-ine」の店先の箱に並べられた美しい魚たちに、自然に足が惹き寄せられた。見事な大クロダイ、イトヨリ、イサキ、小エビと言うには身体つきの立派な山盛のエビたち、それにレンコダイ。

イトヨリはあまりに美しく、食べることを考えるよりも先に物欲がそれを欲した。今朝来たばかりだから、刺身もおいしいしアクアパッツァみたいにしても!という店のお兄さんの言葉に、今度は食欲が刺激されてすぐに買うことに決め、取り置きをお願いした。こっちは今朝来たの、こっちは一晩寝かしたのだから刺身でますますおいしい、というレンコダイたちも気になる。整然と並んだ広い鱗が紅に黄にピカリと照り返すさまが心地好い。Re-Fish食堂で食事を終えて、場外市場をぐるりと歩き回って満足したところでBucch-ineに戻り、結局レンコダイも一緒に包んでもらった。

レンコダイ、正式にはキダイ、その名の通り鱗やひれに散りばめられたレモンイエローが爽やかに美しい。このカラリと明るい美しさは魚の王たる壮麗なマダイにも引けを取るものでなく、お祝い事にレンコダイがよく使われるのにも納得した。友人はご愛息のお食い初めにレンコダイの鯛飯を作ったとのこと、お食い初めの経験はまだないけど、子どもの前途を祈るひたすら明るい慶事にはうってつけの、嬉しくなるような魚の姿だ。


 
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2013年06月14日

トゥッカーノ・テトラ Tucanoichthys tucano

Tucanoichthys tucano

数年前から家には熱帯魚の水槽が一本あって、小型魚ばかりを飼っている。一度レイアウトと魚種を整えると、しばらくの間は成り行きにまかせる。水草はある部分は密に茂るし、ある部分は徐々に枯れて茶色くなり、葉脈だけがふわりと底に折り重なる。そうした見た目が、自然の水景のありのままを表現しているような気がしてとても好きだ。マメな手入れが苦手なのを、そう言い訳しているという側面もあるけれど。

数年に一度、レイアウトをがらりと変えたり、新しい魚を加えたりしたくなって、熱帯魚店に通い詰める時期がくる。その間は熱に浮かされたようになって、「小型美魚」特集の古い雑誌を引っ張り出しては延々と眺めている。平日は仕事終わりでも営業時間内に滑り込めそうな店のことばかり考えてるし、休みになると満を持して少し遠方でもお気に入りの店に出向いていく。住人を増やすのにはそれなりにリスクが伴う(今いる魚との相性や、水の汚れやすさ)から、実際には売場の水槽を眺めて楽しんでばかりいる。

トゥッカーノ・テトラを初めて見たのは(そして今のところそれが最後)、そうやって出向いた銀座の百貨店、確か松屋の、屋上の観賞魚コーナーだった。もう今ではなくなってしまったみたいだけど、そこは百貨店の屋上離れした玄人好みの品揃えと生体たちのコンディションの良さが心地好い店だった。トゥッカーノ・テトラは1尾1,200円で売られていて、それはこういった小型美魚の品揃えが充実した店では決して珍しい価格帯ではないし、トゥッカーノ・テトラの値段としてもどちらかというとかなりの安値なのだと後で知った。

彼らはとにかく可愛らしかった。せいぜい2センチほどの、うっすらと黄〜黄緑がかった体、それはおそらく背景の水草の色が透けていたのだと思う。それに白目の部分が水色にキラキラ光る大きくて円らな目、体側にはアンバランスなまでに太いライン。このラインの濃さがまた珍しいほどで、喩えて言うならば染料の黒ではなく、顔料みたいに不透明でこってりと乗っかった黒だ。それが体の「地の部分」の透明感との間に見慣れないコントラストを為していて、それがいかにも「珍しい魚の風格」を醸しているように見える。

そのときの懐具合からすれば「買う」という選択肢は端から無いはずだったけど、その姿のあまりの魅力に、「買おうかどうしようか迷っているフリ」を自分自身に対してする、というのをしばらくの間楽しんだ。


 
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2013年06月07日

イトヒキハゼ Myersina filifer

Myersina filifer
(上)リュウグウハゼ Pterogobius zacalles
(中)オイランハゼ Cryptocentrus singapurensis
(下)イトヒキハゼ Myersina filifer


金沢八景から乗合船でアジ釣りに出た。船の十数人でコマセ(撒き餌)を打ち続けていると、まもなくアジの群れが回ってきたのか入れ食いになった。贅沢なもので、心地好い適度な入れ食いも1時間半以上続くと飽きてきて、アジ以外のものが釣れんかなあとわざとエサを長めに垂らして針にかけてみた。そうするとやっぱり相変わらずのアジと一緒に、小さな縞模様のハゼが釣られて19メートルの海底から上がってきた。

かわいい。せいぜい10センチにも満たない小ささなのに、一丁前に大きな口とひれを精一杯拡げて威嚇している。口を貫いた針の先が体を傷つけていて、針にかかった後、海底でひどく暴れたんだろうと痛ましかった。ようやく針を外して海に返したけど、少しふらふらした泳ぎで深みに消えていく姿が心細かった。

釣れたときに「リュウグウハゼ」かな、と思った。全然詳しくないので当てずっぽうだったけど、家に帰って調べてみて「ああ、やっぱりリュウグウハゼやな」と納得した。少し赤みを帯びた肌色の体に、薄茶色の縞模様。やっぱりそうだ、やっぱりそうだと思いつつ、一方で顔と体型が何となく違う気もする。釣れたのはもっとがちゃがちゃした愛嬌のある顔だったし、体型もリュウグウハゼほどスマートじゃない。でもリュウグウハゼの説明に「東京湾のアジ釣りの外道」って書いてあるしなあ、やっぱりリュウグウハゼでいいんだ、などとしばらく葛藤した。とりあえずごちゃごちゃ考えずに決着させたいし、自分の最初の当てずっぽうを正解にしたい気持ちもある。

でもどうしても気持ち悪くて調べてみると、今日釣ったのと同じ顔と体型をした魚を見つけた。「オイランハゼ」、こいつか!でもこんなに派手な色じゃない、と同属の魚を検索して、ついに「イトヒキハゼ」に行き着いた。(現在は、イトヒキハゼはオイランハゼとは別属。)あ、これや!と声が出た。この心地好さ、人間の根源的な「知る欲求」が満たされた瞬間だ。

イトヒキハゼはテッポウエビと同じ巣穴に暮らす「共生ハゼ」らしい。「敵が迫ると視力の悪いテッポウエビに危険を知らせ、一緒に巣穴にもぐりこむ」(Wikipedia)。せっかく仲良く暮らした巣穴から、釣り針で引きずり出して19メートルも引っ張り上げたのか、と思うと心が痛むような気がする。パートナーのエビには二度と会えないだろうし、無事に海底まで帰り着いたかもわからない。アジをどんどん釣ってバケツに放り込んで殺しているんだから、筋が通らないことはわかっているのだけれど。


 
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