2013年07月26日

“ダイヤモンド・エンゼル” Pterophyllum scalare

Pterophyllum scalare

一般に家庭用の水槽のスタンダードは60cm幅のもの、ということになっているのだけれど、広いとは言えない都会のマンションではそのサイズはかなりの存在感になる。60cm水槽が初めて家にやってきた日の抑えがたい喜びはよく覚えている。水槽の中の空間がとても広く、池や築山を備えた庭園でも手に入れたかのような気分だった。

その最初期の住人に、4尾のエンゼルフィッシュたちがいた。“ブルーフェース・エンゼル”、“ゴールデン・エンゼル”、“マーブル・エンゼル”、“ダイヤモンド・エンゼル”。それぞれ異なる体色をした改良品種たちで、とにかくその姿の抜群の格好良さに惹かれた。毎日玄関の三和土にしゃがみこんで、黒いスチールラックの上の水槽の彼らを延々眺め続けた。20年近く経った今でも、この4尾の体型の個性を思い出せるほどに。

ダイヤモンド・エンゼルは、鱗の配列の乱れを固定した品種で、光をさまざまに反射するため皺をよせたアルミ箔のようにギラリと輝く。水槽の電気を消してからの姿が今でも目に焼き付いている。暗い水槽の中にわずかに差しこむ玄関の蛍光灯の光を集めて、円盤状の体が目に眩く照り返してくる。彼がゆっくりと体の向きを変えるにつれて光の量は増してゆき、その頂点の輝きたるや、うわあー!と歓声を上げたくなるような一面の銀色だ。そしてその姿とともに脳裡に蘇るのは、居間の方から聞こえてくる父と母の声、テレビの音。ごく当たり前の、幸せな夜の音だった。


 
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2013年07月19日

コノシロ Konosirus punctatus

Konosirus punctatus

この魚について調べると、「サッパ Sardinella zunasiによく似る」と書かれていることがある。「見分け自慢」をしたいわけではないのだけれど、この2種がよく似ている、というのがあまり理解できない。コノシロは体側に斑点があるし、サッパほどには「ヒカリモノ」の色をしていないし、何より顔つきが全然違う。サッパはニシンやマイワシと同じく口元の骨格がやけにメカニカルで、原始的な魚の風合いがあるのに対して、コノシロは鼻先がまるく突き出した当世風の愛嬌ある顔立ちだ。図鑑を見れば他にも見分けるポイントはたくさん見つかるけど、「顔つき」というのはそういう理屈を越えて、何より感覚的かつ的確に認識できる差異だ。人混みの中から友人を見出せる、それが理屈っぽい特徴(耳の付け根の下端は、鼻孔の下端よりも上に位置する。みたいな)ではなくて顔の総体的なイメージに依存しているように。この2種を似ていると言うならば、もっと似た魚同士はいくらでもいる。

それが最近になって、その認識が少し揺らぐようなことがあった。きっかけは友人が嫁いだ六本木のお寿司屋さんで食べた、新子の握り。握り一貫に3尾ぶんの開きが使われている、その繊細さに驚いていると、大将が「これでも大きくなったよ、ちょっと前は親指の先ぐらいの大きさの身を5匹付けて握ってた」と言うのでますます吃驚した。今自分が手に持っている3尾付けのサイズでも、もはや小さすぎて体側の斑点はあまり目立たないし、大人のコノシロよりもヒカリモノらしい青みがかった皮鉄色をしている。確かに、これは新子の握りと知っているからコノシロだと思っているけど、そうでなければサッパの幼魚と見分けがつきにくいかもしれない。そう思って、「コノシロ サッパ 幼魚」で画像検索して、出てきたものをコノシロかサッパか当てる一人遊びをしていたら、まんまといくつめかの画像で間違えた。(ただし、まだ自分の間違いが信じられず、そのブログ記事を書いたかたが間違っているんじゃないかと思ってもいる。だって、上あごの方が出っ張ってるし。)

サッパの学名における種小名のzunasiは日本語の「つなし」から来ているらしく、そして「つなし」というのはサッパではなくコノシロの幼魚の古名だそうで、ここでも混同が起こっている。サッパの学名を記載したのはPieter Bleekerというオランダ人医師かつ魚類学者で、東アジアの魚の名付けに数多く携わった。そんな功績ある学者でもコノシロ・サッパを巡る混乱には巻き込まれてしまうのだから、納得いかない点は残しつつも、この2種の魚はやっぱり何か人間を混乱させる姿をしているのだ、とここではいったん結論付けようと思う。ちなみに、コノシロの学名における属名は"Konosirus"で、こういう和名を基にした学名(それも属名)の付け方には心がほっこりする。この名づけはテミンクとシュレーゲルという2人のオランダ人によるもので、彼らもまた日本産魚類の分類と学名記載における大功労者たちだ。


 
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2013年07月12日

忠岡港の幼魚たち Juvenile fish around the Port of Tadaoka

Juvenile fish around the Port of Tadaoka
(上段、左から)ニベ Nibea mitsukurii / ボラ Mugil cephalus / コトヒキ Terapon jarbua
(中段、左から)キチヌ Acanthopagrus latus / コショウダイ Plectorhinchus cinctus / スズキ Lateolabrax japonicus
(下段、左から)アイナメ Hexagrammos otakii / クロダイ Acanthopagrus schlegelii / ヒイラギ Nuchequula nuchalis


大阪湾に面して「忠岡町」という日本一小さな町がある。大津川の河口に位置するこの町の港にはヨットハーバーがあって、脇に100メートルほどの長さの突堤が、川の流れに対して垂直に横たわっている。堤の両サイドは角ばった面取りがされた小ぶりのテトラポッドで護岸されていて、正方形に少し広くなった先端には水銀灯が一本立っている。
先端でも直下の水深はわずか3メートルほど。またテトラポッドと言えば、外洋に面した防波堤を護る巨大なものがカキ殻をびっしりと纏って逆巻く波に洗われている姿こそが「らしい」けど、ここでは整然と規則的に並べられて静かな水音を立てている。

そんな変哲のないこの突堤が、しかし、小学生の頃に父と頻繁に訪れた実に楽しい釣り場として思い出に残っている。淡水と海水の混じり合う汽水域の豊かな環境に惹かれて、水深3メートルの静かな堤防とは思えない数多の種類の小魚たちが集まっていた。本来は汽水域の魚じゃないはずのクロソイの子ども。成魚はここにはいないのに季節になるとわらわらと集まってくるアイナメの新子。テトラポッド周りではイソギンポやシマハゼがすぐに釣り餌に飛びついて、退屈させない。先端から仕掛けを投げれば、マハゼ、コトヒキ、ヒイラギといった汽水域らしい顔ぶれの魚たちが食いついた。短竿をへし折るほどの大きなボラと、水面下をちょろちょろ泳ぎ回るその幼魚。夕暮れどきになると、大群で渦巻くカタクチイワシを狙ってスズキの若魚やタチウオがごく浅いところまでやってきて、キラリと腹を光らせるのが見える。気味の悪い大きなエイが、すぐ足下の濁った水の中を悠々と羽ばたいていたこともあった。

釣り人の憧れであるクロダイを父が初めて釣ったのもこの場所で、その同じ日に自分の竿にはちょうど同じぐらいの大きさのキチヌがかかった。とてもよく似た近い仲間だけれど、色や体型の確かな違いがこうまで別の印象につながるのか、と感じた新鮮な気持ち。またあるいは、大学以降実家を離れてずっと遠ざかっていた、父との釣りの楽しみを数年ぶりに味わった日に釣れた若いコショウダイの、手の中でひれとエラを広げて威嚇するその感触と威厳に満ちた姿。それらは、今こうして魚の絵を描き続けている原動力の根っこになっている。

ごく当たり前に豊かな命が息づいているあの突堤が、これからもずっとあのままであってほしいと思う。


 
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2013年07月05日

アカヒレ Tanichthys albonubes

genus Tanichthys
アカヒレ Tanichthys albonubes(上)と、近縁種である「ベトナムアカヒレ」Tanichthys micagemmae(中)、Tanichthys thacbaensis(下)

我がバイブルたる『熱帯魚図鑑』(松坂実著、マリン企画、1986年)の冒頭は、「ロージィ・テトラ」が紹介された扉ページをめくるといよいよ、本編はかの有名な「ネオン・テトラ」から始まっている。そのキャプションは、小学生の頃にこの本に出会って以来、いまだに読み返すたびに震えのくるような名文で、この煌めきに満ちた180ページの冒頭を飾るに相応しい。

“本種ほど不当に低く見られている魚はないだろう。値段は安いが、最も鮮やかな色彩をもったこの魚に魅せられて、熱帯魚の世界に入った人も少なくない。”

しかしながら、「不当に低く見られている」ことにかけては、ネオンテトラもアカヒレには及ばない。

中国原産のこの魚は、子どもの頃にはネオンテトラを連想させる青いラインが美しく(そのためネオンテトラが高価だった時代には「貧乏ネオン」と呼ばれていたらしい!)、成長すると背中のメタリックな光沢やその名が示す赤いひれがなかなか味わい深い。また彼らは丈夫で、他の熱帯魚と違って低温にもよく耐え、繁殖も容易とされている。
そんな「勝手の良さ」が、彼らの扱いを貶めているのかもしれない。熱帯魚店ではもはや観賞魚としてではなく、他の大型魚のエサとして売られたり、大型魚の水槽を「いつでも食べていいおやつ」として泳がされていたりする。実験生物としても使われているらしい。

観賞魚界においてはそんな扱いだから、野生のアカヒレが絶滅の危機に瀕していると知って驚いた。中国の個体は既に絶滅し、あとはベトナムに残っているだけとのこと。観賞魚(あるいはそのエサ)として、こんなにも世界中のショップや養魚場に幅を利かせるほどに丈夫でよく殖えるはずなのに、野生種は根絶やしになろうとしている。その理由は知らないけれど、まず人類の活動であることは間違いないはず。生物種が何百年、何千年、あるいはもっともっと長く引き継いできた「生きる、殖える力」なんて木っ端微塵に押し流してしまうようなエネルギーを、人類の活動は持っているらしい。


 
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