2014年02月28日

ブラックバス(オオクチバス) Micropterus salmoides

Micropterus salmoides

もしこの魚のことを知らなかったとしても、姿形を見れば彼らが貪欲な肉食魚であることは想像がつくかもしれない。ギョロリとした目に大きな受け口、瞬発力がありそうな筋肉質の体、獲物を追うのに無駄のなさそうなまとまった体型。

これと似た雰囲気を備えた魚は、分類学上のつながりや生息域を問わず数多くいる。日本のスズキ、南米のツクナレ、ヨーロッパのパーチの仲間、その他スポーツフィッシングの対象となっている世界中の魚たち。彼らが異なる生息域のそれぞれで上位捕食者として似たような生態的地位に君臨しているということはつまり、今の地球ではこの形こそがおそらく肉食魚としてのひとつの完成形なのだ。

そしてその中でも、ブラックバスのふてぶてしさ、貪欲さは際立っている。だからこそ釣り人に愛され、「いつもブラックバスの近くにいたい」という願いとともに世界中に放流された。また、ブラックバスを観賞魚とする文化はあまりないように思うけれど、この肉食魚然とした雰囲気にはアクアリストからも好まれるポテンシャルがあるはずだ。熱帯魚店で時折幼魚を見かける、アフリカの肉食魚ナイルパーチと少なくとも同程度には。

けれどもそうやって世界中の人々に愛され放流されて分布を広げた結果、彼らは「世界の侵略的外来種ワースト100」に指定され、どこへ行っても在来種を食い尽くして絶滅に追い込む悪者として憎まれるようになった。この今のありさまは、何の非も無いブラックバスたちにはもちろんのこと、彼らを愛した釣り人にとっても不本意だろうと思う。彼らを拡散させた「罪」によってバス釣りそれ自体が目の敵にされることもあるだろうし、本来は自然とより持続的な関係を築くための崇高な理念であるはずの「キャッチ&リリース」が、バス釣りを前提にすると途端にひどく前時代的なものに見えてしまう。軽々しい放流は結果的に、ブラックバスと在来種と釣り人みなを不幸にする、取り返しのつかない(つくかもしれないが、とても難しい)過ちだった。

いま、ブラックバスがそもそもの生息地であるアメリカ南東部でどんな風に生きているのかをネットで調べようとしても、外来魚としての像に阻まれてなかなか見えてこない。フロリダの大自然の下、王として悠々と振る舞っているはずの彼らの姿を思うと、それはとても残念なことだ。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(5) | 魚の譜

2014年02月21日

共生ハゼ Shrimp Gobies

Shrimp Gobies
(上)ズグロダテハゼ Amblyeleotris melanocephala
(中)ニチリンダテハゼ Amblyeleotris randalli
(下)ヤマブキハゼ Amblyeleotris guttata


エビと一緒に暮らすハゼがいる。

エビはブルドーザーのように砂を押し運んで、海底にせっせと巣穴を掘る。ハゼは目がよくないエビの代わりに巣穴の外で見張りに立ち、危険が近づくとエビに知らせて一緒に巣穴に逃げ込む。

彼らはそうやって広い海の底で身を寄せ合って生きている。その姿はあらゆる生き物の共生関係の中でも心温まる「助け合い」として最も完成されており、美しい。アクアリストにも人気がある。海水魚を扱っているショップへ行けば、さまざまな種類の共生ハゼと、砂を押し運ぶ大きなツメを持ったテッポウエビの仲間を見ることができる。

しかし忘れてはならない。実際は、彼らに「助け合い」の精神など微塵もないはずだ。ハゼは自らの安全のために頃合いのエビの巣穴を利用し、エビもまた自らが危険を避けるために同居人を利用している。テッポウエビは普段から常にハゼの身体に触角を触れさせており、危険を察知したハゼの瞬間的な身の震えを読み取っていち早く巣穴に飛び込んでいるだけであって、決してハゼから居候のお礼に危険を知らせてもらっているわけではない。
ここにあるのは心温まるストーリーではなく、一部のハゼとエビがこうすることによって高い確率で生き延びてきたという無表情な事実だ。

「無表情」―まったく、自然というものはとことんそうなのだ。この小さなハゼとエビに健気だといって味方するわけでもなく、また例えば他の生き物を死ぬまでしゃぶり尽くすような悪魔的な寄生虫に罰を与えるわけでもない。ただ淡々と、生き延びるものと滅びるものとを区分けしてゆく。人間とて、その冷たいまなざしから逃れることは絶対にできない。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(6) | 魚の譜

2014年02月14日

スリースポットグーラミィ Trichopodus trichopterus

Trichopodus trichopterus
スリースポットグーラミィ(上)とその変種・改良品種、マーブルグーラミィ(中)、ゴールデングーラミィ(下)

子どものころに飼っていた魚はやはりいつまで経っても特別なものだ。水槽の前にぴったりと張りついて仕草や表情のひとつひとつにまで目を凝らしていたおかげで、20年後の今でも生々しい感覚とともに思い出すことができる。

マーブルグーラミィ(スリースポットグーラミィの変種)は、大理石模様が浮き出した青灰色の体に、少し笑っているような形の厚い唇、くりくりとした円い目が印象的だった。いつも機嫌良く水槽の中を眺め回しているような、可愛らしい表情だった。

彼らは「コップで飼える魚」のベタと近縁で、同じように空気中から直接酸素を得ることができる。そのための器官がえらの中に発達しているから、本来空気呼吸できない金魚が酸欠の苦しまぎれに水面でパクパクするのとは違う。水面に口をつけて悠々と空気を呑み、ゆったりと身を翻す。酸素を取り込んだ残りの空気は小さな気泡になって、プクリと水面に浮び上がる。だからグーラミィを飼っていると水面に小さな泡がたまる。

想像するに、彼らの遠い祖先は競争を避けて溶存酸素の少ない水たまりのような止水に進出し、空気呼吸に適応することで生存競争を生き延びたのだろう。そしてさらには、吐き出した気泡を水面に浮かべているうちに、そこに卵を隠せば効率的に子を残せるということに気付いたらしい。グーラミィの多くやベタの仲間は水面に意図的な「泡巣」を作り、そこで卵を守る。

不利な環境で生き延びるために身に付けたすべが、より効率的な繁殖戦術につながってゆく。生き物の進化を辿ると、それがあまりにも理に適っているために、あたかも意思や記憶や知性を持った一つの個体の来し方かのように錯覚しそうになる。これが何億年、何十億年の間、絶え間なく変化する環境のふるいに何度も何度もかけられてきた結果なのだと思うと、そこで起こっていることの膨大さに唖然とする思いだ。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(6) | 魚の譜

2014年02月07日

アユモドキ Parabotia curta

Parabotia curta

ドジョウというとニョロリと細長くて水底にじっとしている姿がまず思い浮かぶけれど、実はドジョウにもいろんなのがいる。中でもボティアと呼ばれる一群は、比較的「普通の魚」に近い扁平な体型でよく泳ぐ。少し品揃えが豊富めの熱帯魚店に行けば何種かは見ることができる。

ボティアの多くはインドから中国に生息しているのだけれど、日本にも固有種が一種だけいる。それがアユモドキだ。
こんな名前を聞かされれば誰だってアユによく似た姿を期待する。けれども、図鑑でこの魚を見てもちっともアユに似ていないのが長らく不満だった。この縞模様と体型のどこがアユだと言うのか。…が、成長して縞模様が薄れた個体がスイスイと心地好く泳ぐ姿を見て初めて納得した。確かにアユを思わせる。水面ごしだとさらに見分けがつかないらしい。

このアユモドキの周辺がいま騒がしい。彼らは京都と岡山の計3水系にのみ残された絶滅危惧種なのだが、そのうち京都の生息地が大きなスタジアムの建設予定地になった。十分な保護対策を執るからアユモドキには影響ないとする行政と、再考を求める専門家たち。思いっきり単純化すると、そういう対立が起こっている。

素人考えながら、個人的には「影響ないわけがない」と思う。アユモドキの存続を思うなら、もっともっと慎重を期してほしい。

恐らくこの問題の行方を左右するのは、建設計画がアユモドキの生息環境に悪影響を与えるか否かの評価ではなくて、「なぜアユモドキを絶滅させてはいけないのか」という、より根本的な問いにどういう答えが用意できるか、だ。もしも行政サイドに「たかが小魚、絶滅したところで何とも…」と思われてしまったら、その時点でアユモドキの命運は尽きる。本気で彼らを守るには、彼らが絶滅してはならない理由をはっきりと示して納得してもらわないといけない。でないと、仮に今回のスタジアム建設を乗り切ったとしても、近い将来きっとまた同じような問題が起こる。

考えの深さはさて置くとして、私は「アユモドキを絶滅させてはならない」と思っている。けれども、その理由は…と考えてみると、正直なところよく分からなくなってくる。専門家の方なら生物多様性や学術上の重要度を論拠に説明してくれるかもしれないけれど、それも必ずしも万人に響くわけではないように思う。
もしかしたら、足がかりになるのは理屈ではなく、人間の活動によってこの世から一つの生物種が消えていくことへの不安や悲しみなのかもしれない。それはきっと誰もが多かれ少なかれ心の内に持っているもので、そういった感情こそが時には理屈よりもずっと強い力で人を動かすのではないかとも思うのだ。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜