2014年07月25日

スマ Euthynnus affinis

Euthynnus affinis

小学生の頃、釣りの図鑑か何かでこの魚のことを初めて知った。解説には「腹部の斑点からヤイトと呼ばれる」と書かれてあったけど、「ヤイト」が何のことか分からないので、この一文は意味不明だった。辞書で「ヤイト」を調べれば済むはずなのに、それにも思いが至らないほどとにかく意味が分からず、極端に言えば「何かの間違いで書かれた一文なので読む必要がない」というほどの勢いで無視していた記憶がある。後になってお灸のことであると偶然知った。

その頃、母と姉はよく「せんねん灸」を肩にのせて煙を立てており、私は恐ろしいことをするものだと思って遠巻きに眺めていた。あの突き出した部分が徐々に燃えて、火が皮膚に近づいてくる。ギリギリまで熱さに耐えて、皮膚が焼け焦げる直前にあっ!と剥がす。そりゃそんな危なっかしいことをしていれば、少しタイミングを逃しただけでスマの腹のように黒く焼けてしまうだろう、と思っていた。せんねん灸が実際にはまるで物足りないほど熱くないと知ったのは、大学受験のさなかの頃だったように思う。夜更けのシンと静まったリビングで、母がカチリ、とチャッカマンで火を点けて肩にのせてくれた。

スマは決して一般的な魚ではないと思うけれど、先日Yahooトップに「小型マグロ」として養殖に期待、というニュースが出ていた。感覚的にはマグロというよりカツオの仲間だけどな、と思って調べてみると、分類上はサバ科の下にあってマグロ属/カツオ属/スマ属は並列にならんでいるらしい。葛西臨海水族園では、目玉のマグロ水槽の中でクロマグロやカツオとともに泳いでいる。ヤイト模様のおかげで見つけやすい。
とても美味しい魚だと言うけれど、ほとんどすべてが漁獲地周辺で消費されているそうで、大阪でも東京でも見たことがない。ニュースの通りに養殖されて市場に出回るようになるのならそれはとても楽しみなことだ。


 
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2014年07月18日

ブラインドケーブフィッシュ Astyanax jordani

Astyanax jordani
(上)ブラインドケーブフィッシュ Astyanax jordani (下)メキシカンテトラ Astyanax maxicanus

ブラインドケーブフィッシュには目が無い。彼らの祖先はたまたま迷い込んでか自ら選んでか、とかくメキシコの真っ暗な洞窟の中に棲みついて、時を経るうちに視覚機能を失っていった。

同じようにして目を失った魚は他にもいるけれど、ブラインドケーブフィッシュが面白いのは、洞窟の外には今も目を失う前の姿のままで泳いでいるきょうだいたちがいるということだ。そのきょうだい、メキシカンテトラとブラインドケーブフィッシュとは、まったく違った姿になってしまった今でも交雑可能なほどに近縁だという。枝分かれしたかれらの進化の道のりは、ひょいと跨げばまだ行き来できる程度にしか離れておらず、また分かれた地点もさほど遠い過去ではないらしい。

それまでと異なる環境に隔離された個体群は、一体どのくらいの時を経れば別の種に分化するのだろうか。以前、その問いに関する面白い事例を教えてもらった。およそ100年前、鳥の血を吸っていたアカイエカ(蚊)は、ロンドンの地下鉄に入り込んだ後ターゲットをネズミやヒトに変えて生き延び、今や地上のアカイエカとは交雑しない歴とした別種に分化しているらしい。たった100年!ライフサイクルのスピードは生物種によって異なるし、遺伝情報の構成や環境から受けるストレスも千差万別なのだから一概には言えないけれど、条件次第では別種の成立には思うほど時間がかからないのだ。

ちなみに、この蚊は「地下鉄という文明的な環境下でヒトをターゲットに恐ろしい進化を遂げた」みたく扇情的に言われることがあるけれど、実際には栄養豊富な水たまりで育つため血を吸う必要性は小さくなっているらしい。
またブランドケーブフィッシュはその特異な姿を買われて観賞魚として古くから流通していたけど、ここ10年以上はショップで見かけた記憶がない。やはり少しゾッとするような気味悪さがあるし、性格が荒々しいことも敬遠される一因に違いない。


 
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2014年07月11日

カンモンハタ Epinephelus merra

Epinephelus_merra

タレントが沖縄や離島で釣りをしていると、この美しく小振りなハタが釣れてくる−そういうテレビのワンシーンをこの数年のうちに一度や二度ならず見た気がする。同属のキジハタならば大阪湾でも釣れる、と聞きながら結局一度も出会えなかった身からすると、当たり前のようにハタが釣れる沖縄の海の豊かさに憧れが募る。

ハタの仲間は種類が多くて、カンモンハタと同じEpinephelus属だけでも100種近い。このような美しいモザイク柄をはじめ、体色や模様は種のみならずその成長過程においても様々だし、大きさも20cmそこそこの小型種から水族館でよく見かける2m超の巨大魚タマカイ(ジャイアントグルーパー)に至るまで、多彩な顔ぶれが揃っている。さらに視野を広げてハタ科全体を見渡せば、オシャレハナダイのような小型美魚までを含む大家族だ。

この仲間はおしなべて「口が大きく目つきが鋭い」という典型的な肉食魚の風貌をしており、それが魚好きの心を揺さぶる魅力の源になっている。けれども同じ肉食魚で比較した場合に、スズキほどには遊泳力を発達させていないし、カサゴの仲間ほどには獲物の目を欺いて待ち伏せするスタイルを深めなかった。だから体つきには特化した機能を思わせる部分がなくて、スマートだけれどいささかパンチが足りない。…という辛口評価は勿論、「大阪湾で一回も釣れてくれへんかったやんか」という僻みからのものだ。かれらの美しさには疑う余地がない。


 
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2014年07月04日

イワナ Salvelinus leucomaenis

Salvelinus leucomaenis
イワナの一亜種、ニッコウイワナ Salvelinus leucomaenis pluvius

昭和年間、黒部の山に住んでいた山男たちの記録である『定本 黒部の山賊 アルプスの怪』(伊藤正一著、山と溪谷社、2014年)には、彼らの大切な食糧としてイワナが再三登場する。中でも、「山賊」の一人である遠山林平のイワナ釣りの描写が面白い。彼が毛針を投げると「磁石にでも吸いつけられるように」魚がかかり、次の瞬間には空中をひらりと舞って手網に収まったかと思うとその時にはもう針が外れている。本人曰く「拾うよりも早い」、神懸かった腕前だったらしい。

著者の伊藤さんによると、彼は「山と魚を愛し」、絶対に小さな魚は釣らず、また毒を流して浮いたイワナを一網打尽にするような獲り方をする人間を許さず「徹底的に懲らしめた」。山に生きる彼らには、山と一緒に生きていくためのルールがあった。それに反する者−黒部の山を管理下に組み入れようとする行政も含め−への威嚇や攻撃が、この本のタイトルである「山賊」のイメージを生んだ一因だったに違いない。

ところで、毒を流してイワナを獲る、というとまんが日本昔ばなしの名作「イワナの怪」が思い浮かぶ。沢に毒を流そうとする木こりたちのもとに、坊さんに化けたイワナがやめるよう説得しにくるという話だ。日本の渓流魚にはイワナの他にヤマメアマゴがいるけれど、この不気味な話にはどうもイワナこそが似つかわしい。恐らく、ヤマメやアマゴに比べて奥深い山に棲み、川を下ることもなくひっそりと大きくなっていくイワナの生活史が、昔話にしばしば登場する「ぬし」の概念にぴったりなのだ。


 
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