2014年09月26日

ウケグチメバル Sebastes scythropus

Sebastes scythropus

友人のお子さんが魚好きで、中でもお気に入りがこのウケグチメバルらしい。
スーパーや水族館で見かける魚でもないから、おそらく図鑑で見て好きになったのだろうと思う。なぜよりによってこのマイナーな魚を、と思ったのだけれど、やはり図鑑好きだった自分自身の子どもの頃を振り返ってみると、余計な先入観のない目にはどの魚も等しく並列に映る。その中から自分の「好き!」という気持ちそのままに「お気に入り認定」したのがきっとこの魚なのだ。

何が好きなのだろうと想像しつつこの魚を見ると、メバルの仲間でも寸詰まり度の高いコロンとした体型と、その体型に相応しい愛嬌のある短めな顔つきが可愛らしい。色の美しさもある。誰かの「好き」につられてよく見てみると、少しずつ魅力が分かってくる。

* * *

図鑑を眺めるのは楽しい。その楽しさは3つの要素からなると思っている。
ひとつ、ピクチャーブックとしての「美」の快感。ふたつ、未知のものに出会えるという新たな「知」の快感。そしてみっつめは、人間が世界をこうして名づけ、分類し、理解してきたのだという、膨大な時間を伴う営みへの畏敬と感動の快感。

近ごろの図鑑は大半が写真になっているけれど、特にこのみっつめの要素を満たしてくれるのはやはり「絵」の図鑑だと思う。なぜなら写真はあくまでその被写体の個体を示すものでしかないけれど、図鑑の絵はその種の特徴を抽象して整理したうえで再び具象化するという人間の行為を経て、実際には世界のどこにも個体として存在しない「種」の理解そのものを表したものだからだ。その絵には、生き物の個体差のどこまでを同種として許容し、その種を定義づけてきたかという人間の苦闘が込められているような気がする。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜

2014年09月19日

“カッコウナマズ” Synodontis multipunctatus

Synodontis multipunctatus
(上)シクリッドの一種、Ctenochromis horei 雄
(中)口腔内に卵や稚魚を含んだ雌
(下)“カッコウナマズ”ことSynodontis multipunctatus


他の生き物の卵に自らの卵を紛れ込ませて面倒を見させる、「托卵」という繁殖戦略をとる生き物がいる。有名なのは鳥のカッコウで、ターゲットの鳥の巣に卵をひとつ産み付けると、数合わせのために元の卵をひとつ蹴り出して去る。やがて孵化したカッコウのヒナは、卵であれヒナであれ、巣の本来の住人たちを全て蹴落として殺してしまう。後は子どもがすり替わったと気付かない、あるいは気付いていても育雛本能に抗えない可哀想な親鳥にたっぷりの餌を与えられてすくすく育ってゆく。親鳥よりも遥かに大きなカッコウのヒナが口を開けて餌をねだっている姿には、えも言われぬ独特の気味悪さがある。

托卵という戦略を支えるのは、卵や子どもを高い確率で守り抜く育児の仕組みを持った他種の存在だ。魚の世界で有名な托卵魚は、アフリカのタンガニイカ湖に棲むシノドンティス・ムルティプンクタートゥス。その生態にちなんで別名カッコウナマズという(学名でよく知られているから、あまりこの名前で呼ぶ人はいないけれど)。かれらの標的は、子育てする魚の中でもかなり発達した育児形態をとるシクリッドの仲間で、卵や稚魚を口の中で育てている。母魚の食事をある程度犠牲にしてまで子どもを守ろうというシクリッドに対するカッコウナマズの所業は、本家カッコウ以上に悪魔的かもしれない―シクリッドの口の中で孵化したカッコウナマズの稚魚たちは、周りの卵や稚魚をどんどん食べて大きくなる。頭でっかちでオタマジャクシのような形をした可愛らしいナマズの稚魚が、シクリッドの口からわらわらと泳ぎ出してまた戻っていく光景には、一見してシクリッドの親子に何か良くないことが起こっているなという嫌な気配がある。

けれども托卵というやり方はスパイと同様、相手の懐に深く入り込む分、見破られればいともたやすく殺されるというリスクと背中合わせだ。実際、カッコウの標的となる鳥の中には次第に卵の違いを見分ける術を身に付け(というより、見分けられるものだけが生き残っていき)、托卵を阻止することに成功するようになっていくものがあるという。そうなるとカッコウは別種にターゲットを変え、今度はその種によく似た模様の卵を産む=見破られにくいカッコウが生き残っていくらしい。カッコウナマズとシクリッドの間にも、そのような攻防や淘汰が絶えず生じているに違いない。
人間の感覚からすればどうも「相手をだまして楽をしようとする」感のある托卵だけれど、悪いとかズルいとか考えるのは人間だけのすることで、生物の繁殖戦略としては他の数多と何ら意味の違いなどなく、ただただ「適するものが生き残っていく」という事実だけがある。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜

2014年09月12日

オイカワ Zacco platypus

Zacco_platypus

夜の川は魚が寝ぼけているのですくいやすい、ということを聞きつけ、夜襲に出た。三面コンクリート護岸の水路化した川で、水面下にはびっしりとササバモやマツモが生い茂っている。昼間、それら水草の合間からちらほらと見えていた婚姻色のタナゴがすくい放題なのではないか。そう胸を膨らませて行ったのだけれど、水面直下でボンヤリと寝ぼけているのは2〜3センチの幼魚ばかり。大人はやはりそれなりに用心深さを身に付けているらしい。

水草が途切れて水の中を覗き込める場所を求めつつ川沿いを歩いていく。時おり成魚のタナゴが見えて咄嗟に網を振るのだけれど、ものの見事に空振りばかり。いつの間にか5車線の道路も横断して、元の場所から200メートルほども離れた橋の下で、10センチほどの細長い魚が懐中電灯の光に浮かぶのを見る。どうせまた空振りだろうと半ば諦めながら身を乗り出して網を突っ込むと、思いがけなくも銀色の魚体がピチピチ跳ねた。水を張ったプラケースは元の場所に置いたままで、大慌てで走って戻る。運悪く5車線の赤信号にも引っかかり、ヤキモキしながらようやくプラケースに魚を放すと、生気のない目で横倒しにふわりと浮かんだ。息をしていなかった。

尻びれが長く伸びているのが目についたけれど、オイカワなのかカワムツなのかヌマムツなのか、よく分からない。なきがらを持ち帰って電灯の下で見るとうっすらと横縞が浮かんでいて、どうやらオイカワらしいと知る。婚姻色の出た雄のオイカワの美しさにはいつも惚れ惚れとして、日本の淡水魚の中でも最も好きなうちの一つだけれど、こうして自分の手ですくい捕ることになるとは思ってもみなかった。子どもの頃から、身近な市街地の川にはオイカワはおろか生き物の気配自体まるでなかったから。後になって、オイカワは河川改修や汚染にも比較的強くて、生息数が増えているということを知った。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(2) | 魚の譜

2014年09月05日

モツゴとタモロコ Pseudorasbora parva / Gnathopogon elongatus elongatus

Gnathopogon elongatus elongatus
(上)モツゴ Pseudorasbora parva 頭部にイカリムシが寄生した個体
(下)タモロコ Gnathopogon elongatus elongatus


子どもの頃、大阪市内の公園の池で父と一緒によく魚をすくった。パンの耳を放るとそれを突っつきに小魚が群がってくるので、網で水面を削るようにザッとすくう。運動神経の良い父は膝のバネと瞬発力を活かして、魚がパンの周りに一番集まる瞬間を逃さなかった。うまくいくと一度に7、8尾が白い腹を見せて網の中でピチピチ跳ねた。

黄色い背表紙がトレードマークの小学館『魚貝の図鑑』で調べて、その小魚が「カワバタモロコ」か「モツゴ」ではないかと当たりをつけた。図鑑の絵を見る限り前者の方が可愛らしくて品が良かったので、こっちだといいなと思った。実際、色やラインの入り方からしてカワバタモロコが有力そうに思えたのだけれど、後にどうもモツゴであるらしいと分かった。カワバタモロコは絶滅危惧種で、市内の池にわらわらと群れているような魚ではなさそうだったし、魚の顔に見慣れたことである程度は顔つきの違いが見分けられるようになったからだ。

この夏、岡山への帰省時、実家脇の川でモツゴとともにタモロコが網に入った。20年の時を経てようやくモロコと初対面か!と思っていたら、カワバタモロコとタモロコは同じ「モロコ」の名を負っていてもさほど近い仲間ではないらしい。それでも昔図鑑の絵を見て感じた品のいい愛らしさはこの地味なタモロコにもあって、改めて日本の川の魚たちの魅力を認識した。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜