2014年11月28日

ズワイガニ Chionoecetes opilio

Chionoecetes opilio
「香箱ガニ」こと、メスのズワイガニ(茹でられたもの)

とあるご縁があって、石川の香箱ガニをいただいた。

香箱ガニはメスのズワイガニ。腹部にわんさと卵(外子と呼ばれる)を抱えており、甲羅を剥がすと中には未成熟卵(内子)が詰まっている。そんな母ガニを食べようというわけだから当然、資源保護の観点から漁期は短く制限されていて、貴重な冬の味覚とされている。

香箱ガニといって思い出すのは2年前の金沢旅行のことだ。
ちょうどこの時期のことで、旅館の夕食には香箱ガニが出た。しかし恥ずかしながらそんな貴重なものとは知らず、ただ卵を持った小ぶりのカニとしか思わなかった。確かに内子とミソはまったりと濃厚でとても美味しかったけれど、「このプチプチの卵、食べるもんなの?なんかヒゲみたいなのにしっかりくっついてるけど…」だの「脚細いから身ほじくるの難しいな」だのといった、今思えば板長にもカニにも、ひいては石川県の皆さんにも申し訳ないような斜に構えた見方だった。(ただ、そこには「高っかい旅館やのにじゃらんで見てたのと全然違うし、なんで仲居さんフランクなタメ口なの!?」という怒りと落胆の伏線があったのだけれど。)翌日になって市場で香箱ガニを見てようやくその価値を知ったけど、後の祭りだった。

今回いただいたのは贅沢にも8杯。同封していただいたさばき方のしおりを見ながら、バリバリと殻を剥いていく。以前テレビで石川県の人はたいていカニをさばく術を身に付けている、というのを見たけれど、さばき方をきちんと知っていればこんなに食べやすいものかと思った。内子やミソや身は勿論、2年前は食べるものなのかすら疑った外子も一粒残らず、夢中になって美味しくいただいた。

これからは毎年、11月の解禁が楽しみになりそうな気がしている。


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2014年11月21日

“セイゴ” Lateolabrax japonicus

Lateolabrax japonicus
“セイゴ”ことスズキ Lateolabrax japonicus の若魚

岡山県備前市の日生(ひなせ)港で釣りをした。
日生は牡蠣の街だ。駅から港までの15分ほどの歩きの間に、地元の名物カキオコ(牡蠣入りのお好み焼き)の幟が立っているお店を何軒も見かけた。

港は小さくて、漁協や直売所の脇を抜けて少し歩くともう海に面して行き止まる。さっそく竿を出すと、水深はわずか1メートルほど。浅い所に魚がいないわけではないし、実際水面下にはボラやサヨリが群れているのだけれど、どうも釣れる気がしなくて腰を据えられない。

すると背後の水産加工場から白い作業着姿のおじさんがすたすたと出てきて、加工場からの排水が海に流れ込むポイントで昨日は大きなセイゴが釣れていたから、と教えてくれた。排水に牡蠣の破片が混じっているのを食べにやってくるらしい。
教えられた通りに移動すると、再びそのおじさんがやって来て「これ餌にしてやってみ」と牡蠣の剥き身を6、7粒、ポイとくれる。このまま針に掛けるんですか?と訊くと、そうそう大きい口でパクッといくから、という返事だ。

セイゴを牡蠣で釣るとは聞いたことがない。ほんまかな、と訝しみながら、小物狙いの小さな針には不釣り合いな大きさの剥き身を針に掛けて仕掛けを沈める。地元の人らしき野球帽のおじさんが隣にやって来て、やはり牡蠣を餌に仕掛けを垂らすのを見ると、ここではこの釣り方がスタンダードらしい。

いっこうにアタリが無いままぽかぽか陽気に居眠りしていると、隣のおじさんが素早く立ち上がる気配に目が覚めた。竿が大きくしなっている。白い腹を見せながら足下の海を左右に走って抵抗した後、スポンと釣り上げられたのはおそらく40センチ近い立派なセイゴだ。
ほんとに釣れるんだ、と改めて自分の竿先に意識を向ける。すると立て続けに二度、アタリだけを残して牡蠣を食われてしまった。おじさんのセイゴを見る限り明らかに針が小さすぎる、と以前船釣り用に買っていた14号の大きな針に仕掛けを変えると、すぐにブルブルとアタリがきた。おじさんのに劣らない大きなセイゴだった。

手持ちの小さなバケツにはとても入らないので、仕方なくコンクリートの上に寝かせて写真を撮る。
下顎の突き出しが強烈で、こんなに獰猛な顔つきだったかと改めてまじまじと見た。バタバタ、ズリズリと暴れる音は久しく聞いていなかった大物のそれで、心地好く手に残るヒキの感触とともに「大きな魚を釣りたい」というごくシンプルな欲求を掻き立てた。

結局釣れたのは他にやや小ぶりのセイゴと小さなクサフグで、そのすべてが牡蠣の餌に食いついたものだった。人も魚も、その土地土地のものを食べて生きてるんだ、と実感させられた釣りだった。


 
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2014年11月14日

“メッキ” Young trevallies

Young trevallies
“メッキ”と呼ばれるギンガメアジ属の幼魚たち
(上)ギンガメアジ Caranx sexfasciatus
(中)ロウニンアジ Caranx ignobilis
(下)カスミアジ Caranx melampygus


編集者で「型稽古の会」主催者の江坂祐輔さんに、カウンセラーの高石宏輔さんとともに釣りに連れて行ってもらうことになった。場所は太平洋に面した茨城県の大洗。ゴールデンウィークに水族館目的で大洗へ行ったとき(シラウオが特に印象に残った)は、悪天候もあって海の生き物の採集は一切できなかったから、今回こそはと意気込んでいた。港の岸壁沿いで小型の根魚やギンポなんかと戯れるのをイメージトレーニングして当日に臨んだ。

港近くの釣具屋さんでハゼやサヨリが釣れていると聞いて、教わったポイントで早速竿を下ろした。釣りが初めてだという高石さん、2投目で早くもサビハゼを釣り上げる。その後もマハぜ、ヒイラギ、カレイといった砂礫底らしい面々がポツポツと釣れるけれど、いま一つ食いが渋い。湾に青魚が回遊してきて、カモメが舞ったり水面に小魚が跳ねたりし始めたタイミングでサビキに切り替えたけれど、これも空振りだった。

釣れてないわけじゃないけど、気持ちが高揚するほど釣れるわけでもない―こういう時は他の釣り方を試してみたくなる。根掛かりで投げの仕掛けを失ったこともあって、江坂さんはワームでのルアー釣りに切り替えた。するとほどなくして「釣れたよー」の声。江坂さんの前の海面を、銀色の平たい魚がパシャパシャとしぶきを上げて引き寄せられてくるのが見えた。尾柄部に針が掛かったメッキだった。小学生のころから一度釣ってみたいと思っていた憧れの魚を前にして、一気に子どもにかえった気分ではしゃいだ声を上げてしまった。

水を張ったクーラーボックスの中でメッキは、アジ科の魚らしく壁面からの距離を取りつつ美しく姿勢を保って泳いでいる。瞬発力を内に秘めていそうな、滑らかで厚みのある筋肉のラインに惚れ惚れと見入る。
「メッキ」の由来は、ギラリと光を反射するその体表の金属的な質感。釣り人にそう呼ばれる魚には何種類かあるけれど、このメッキはギンガメアジだった。南の海で1メートル近くまで成長する大きな魚だけれど、関東地方で釣れるのは幼いうちに黒潮に流されてきたものたち。ほとんどは冬の寒さを乗り越えることができずに死んでしまうらしい。だから食べることが供養なんだとも言うけれど、海に還した。大きめの胸びれを広げて、尾びれのひと振りでグンと深みへと消えていく灰色の背中を見送った。


 
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2014年11月07日

イトヨリダイ Nemipterus virgatus

Nemipterus virgatus

イトヨリは白身の高級魚で、調理法を調べると「身が柔らかいので蒸し物や軽く湯引きしての霜皮造りに向く」とある。けれどもスーパーや鮮魚店でこの魚を見るたびに心に浮かぶのは、さっぱりと薄味の出汁に浸った煮つけの姿だ。物心らしきものを持ち始めた3〜4歳のころに、白身の甘さがとても口当たりいいその煮つけの魚の名前を母に訊いて、「イトヨリやで」と返された曖昧な記憶がある。

記憶といってももう30年近くも前のことだ。何度も何度も頭の中の引き出しから取り出されたり仕舞われたり、他の記憶と組み合わされたりやっぱり切り離されたりするうちにすっかり蒸留されて、ほぼ純粋な「感情」だけがあとに残った。蒸留によって分たれなかった具体的な情景は、白い器に広がる煮汁の透明な黄金色と、ほんのりと品の良い桜色に鮮やかな黄色の線が映える皮、それに薄く脂の浮いた白身の断面ぐらいのもの。そこから、もっとも原初的な母への甘えであったり、その母が体調を崩したために時々家にやってきていた何人かの「お手伝いさん」への親しみや媚びや微かな不信感といった、総体としては名付けの難しい感情のかたまりがふわりと立ちのぼってくる。

きっとこの先さらに年を重ねていっても、この一連の特殊な感覚は、イトヨリを見るたびに意識的にであれ無意識にであれずっと心の中に呼び起こされるものなんだろうと思う。


 
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