2015年03月27日

ハオコゼ Paracentropogon rubripinnis

Paracentropogon rubripinnis
ハオコゼ九態

相模湾の西の端で釣りをするようになって、ハオコゼと顔を合わせる機会が格段に増えた。

釣り針に掛かって海から揚がってきた時に、これほど「痛そう」な危険信号を発する魚は他にいないんじゃないかと思う。10センチあれば大きいほう、という小魚だけど、鱗が無くてつるん・ぷりんとした真っ赤な体に弓なりの長い毒針全開という姿からは、「触ったらヤバい」雰囲気がひしひしと伝わってくる。

それでもこの魚は間違いなく磯のアイドルだ。色つきのガラス玉のように光を反射する円らな瞳。ふてぶてしく「へ」の字に少し開いた厚めの唇。その両脇に突き出すふざけたつけ髭みたいな棘。刺されたら呻くぐらい痛いと分かっていても、とても憎む気にはなれない愛らしさだ。

漢字だと「葉虎魚」、由来は釣り上げられた姿が紅葉の葉のようであることらしい。確かに、チリチリと紅い、あるいは朱い魚体はそれ自体が一枚の紅葉のようだし、また紅葉の敷き詰められた川の有様を織り出した錦のようでもある。小学生の頃に呪文のように覚えた百人一首を思い出した。

ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くくるとは


 
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2015年03月20日

エゾイソアイナメ Physiculus maximowiczi

Physiculus maximowiczi

いつも行く真鶴の堤防で夜釣りをしたことがあった。日中は小魚が絶えず竿先を震わせてくれるこの海も、日が沈むとそういった活発なアタリはパッタリと途絶える。小魚たちが物陰に身を潜めて寝静まった後は、夜行性の捕食者たちが闇の中で目を光らせる時間になるのだ。
昼間の海の賑やかさにすっかり慣れてしまった身には魚信の無さが耐えがたく、「今エサを求めてウロウロしてる魚なんていないんじゃないか」という疑念が湧いてくる。暗闇で竿先がよく見えないことも相俟って、集中力がどんどん薄れていく。

すると突如、竿をひったくるような激しい振動が手に伝わった。慌てて竿をしゃくり上げたけれど空振りだった。魚の大きさに対して針が小さすぎたのかもしれない。そう思って針を一回り大きいものに替え、同じ場所に仕掛けを沈めた。何度めかに同じアタリで釣り上がったのが、このエゾイソアイナメだった。

ぬらぬらとした体に大きく裂けた口、「普通の魚」のバランスを逸脱した極端に小さな尾びれ。撮影用のケースの中で荒い息を吐きながら目だけをギョロギョロ動かしているその姿は、何かの間違いで浅海に迷い込んだ深海魚みたいだ。実際、近縁種のチゴダラは深い海の底にいるというから、見た目はそのままに浅い海に適応していったのがエゾイソアイナメということなのかもしれない。

針を外そうと口を開くと、喉の奥に先客がある。出てきたのは既に息絶えた小さなコケギンポだった。ついさっき丸呑みにされたものらしい。真っ暗な海の底で、この獰猛な捕食者が獲物を求めて岩の間を縫う姿を想像すると、昼間無邪気に波間を戯れているように見えた小魚たちの過酷な生存競争に身震いがした。


 
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2015年03月13日

ナンヨウボウズハゼのなかま genus Stiphodon

genus Stiphodon

自宅の熱帯魚水槽の点灯サイクルを変えた。点灯時間はタイマー設定しているのだけど、これまでは朝から夕方までの9時間だった。そのやり方だと朝慌ただしくゴハンをあげて、夜会社から帰るともう電気は消えている。だからゆっくり眺めたり世話をする時間は週末しか取れなかった。そのサイクルを3年以上続けて、最近ようやく「昼すぎから夜のサイクルにすればいいのでは?」と気がついた。さっそくそのようにしてみると、会社から帰ってゆっくりと明るい水槽を眺められるのがとても嬉しい。記念に翌日の会社帰りに熱帯魚店に寄って、「ニジイロボウズハゼ」を新たにお迎えした。

ついにこの仲間に手を出してしまったか、という気がしている。淡水性のハゼたちは観賞魚の世界ではけっしてメジャーな存在ではないのだけれど、一部のアクアリストを強烈に惹きつける。かれらに魅せられるアクアリストたちにはどうも共通する特徴があって、それは魚を飼う動機が自然そのものへの愛情や憧れや敬意にあるように見えることだ。人間の世界に魚を組み入れるアクアリウムではなく、自然とつながるためのワームホールのようなアクアリウム。だから淡水性のハゼに愛情を注ぐ人々の水槽は身悶えするほど魅力的で、Facebookやtwitterでそれらを目にしているうちにすっかりその気になってしまった。手を出したからには、我が45センチ水槽を自然とつなげるための意識と感性を、常に磨いていたいと思う。


 
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2015年03月06日

旧ササノハベラ、2種 Pseudolabrus sieboldi, P. eoethinus

Pseudolabrus_sieboldi_eoethinus
(上)ホシササノハベラ Pseudolabrus sieboldi (下)アカササノハベラ P. eoethinus
もとは「ササノハベラ」1種だったのが2つに分かれた。主な見分け方は目の下を通るラインが胸びれの付け根まで届くか否か。今のところ、三戸浜や葉山といった三浦半島の海岸ではホシササノハベラ、真鶴ではアカササノハベラ、網代では両方に出会っている


小学生の頃、父と一緒に大阪湾で毎週のように釣りをしていた。それから20年を経て、東京湾で釣りをするようになって、「場所が変われば、海の様子も違う。そして、釣れる魚も違う。」という、当たり前のことを思い知った。大阪の海は堤防の足下から深さがあって、海底に岩礁も多く、カサゴやアイナメといった根魚がよく釣れた。一方東京の海は全体的に足下が浅くて砂泥底で、スズキやハゼなど河口の魚が多いようだった。

スズキやハゼも勿論いいけれど、子どもの頃に親しんだ根魚たちの顔が見たい。海底にゴツゴツした岩が沈んでいるようなところで釣りがしたい。そう思って、Googleマップとにらめっこしながら岩で凸凹した海岸線を求めて、次第に東京湾を出た。まずは三浦半島へ、そしてさらにぐるりと西へ辿って、砂浜らしい真っ直ぐきれいな海岸線の続く相模湾を一気に飛び越えて小田原、真鶴へ。そうしてカサゴが当たり前に釣れる海に辿り着いた。あまりに嬉しくて、片道2時間半を少しも苦に思わない。

それら「海岸線が凸凹の海」で必ず出会うのが、このササノハベラたち。三浦でも真鶴でも、さらに南の網代でも、まず真っ先に餌に食いついて竿先を震わせてくれた。三戸浜の堤防で初めてかれらに出会った時は、カサゴにも似た岩場の魚らしい体色と紋様に一気にテンションが上がったものだけれど、近頃は正直なところ少しありがたみを忘れて「ああ、また」と思うこともある。けれどもこうやって絵に描いてみるとやっぱり美しくて格好良い。次はどこの凸凹の海でかれらと出会うことになるのか楽しみだ。


 
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