2015年10月30日

ホッケ Pleurogrammus azonus

Pleurogrammus azonus
婚姻色を呈したオスの老成魚

出張にかこつけて釣りに訪れた4月の小樽で、2つの姿のホッケに出会った。

石狩湾にこんもりと丸く突き出して岬をなす赤岩山を背に、一本の長い堤防で船や網を穏やかに抱きかかえた祝津(しゅくつ)の港。山の木々のくすんだ色も、硬質な冷たさを想像させる足下の海の透明度も、びゅうと吹き付ける海風も春の気配にはまだ程遠くて、遠いところへ来たんだなあという旅情をかきたてた。

堤防の先端まで乗用車を乗り付けて、レンガ造りの灯台の陰で投げ釣りをしていた人の獲物がホッケだった。すでに釣り上げられたホッケが3枚、見慣れた「開き」のかたちにさばかれて、車のボンネットに並べられている。さすが北海道、と思って自分の足下の釣りに熱中していると、ホッケ師が他の釣り人と何やら不満じみた声を上げているのが耳に入った。彼らにつられて沖へ目をやると、黒い影が海面に浮きつ沈みつしている。野生のトドだ、ということだった。トドが出るとホッケの釣果はもう望めないらしい。

空腹と寒さに負けて、休憩を取ることにした。マリーナで海の幸たくさんのラーメンを食べて、おたる水族館へ。そこでひときわ印象に残ったのが、岩組みの間に産み付けられた卵を守るオスの老ホッケだった。生身の魚にそぐわない不透明な白の婚姻色に全身を覆われて、干物の皮で見憶えのある煙のような縞模様はほぼ完全にかき消えている。傷んだひれを広げて他魚を威嚇する姿は薄暗い水槽の中で輝いて見えた。『もののけ姫』の犬神を彷彿させるような、野生的な神々しさだった。


 
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2015年10月23日

ゴンズイ Plotosus japonicus

Plotosus japonicus

日本ではナマズといえば普通の「あのナマズ」をイメージするけれど、世界を見渡せばナマズ目は3,000近い種からなる大所帯で、見た目も生態も実に多種多様。ただ海に棲むものは少なくて、Wikipediaによれば120種ほどしかいないらしい。3,000種のうちの120種。そんなナマズ界の異端の一種がこのゴンズイだ。

胸びれと背びれに毒があって、刺されるとひどく痛むらしい。ぬらぬらとした見た目に似つかわしく夜行性で、夜釣りをしていると立て続けにゴンズイばかり釣れることがある。食べると相当おいしいというけど、毒と見た目のせいか釣り人には人気がない。初めてゴンズイに出会ったのは千葉県の相浜港での夜釣りだったのだけれど、夜が明けてみるとそこここに釣り人が捨てて帰ったゴンズイの、哀れな生乾きの死体が転がっていた。

かくいう僕自身も、先日愛媛で夜釣りをしたときには随分とゴンズイの顔を見て、もういいよ、と次第にウンザリしながらとりあえずの写真を撮ってポイと海へ返していた。夜釣りの写真は懐中電灯の光を反射して魚がやたらギラギラ、テカテカするので美しくない。そうしてぬらぬら感が増幅したゴンズイの写真ばかりが手元に残っていたのだけれど、ふと思い立って相浜港で初めて出会ったゴンズイの写真を見返してみた。初対面が嬉しくて、夜が明けるまで待ってからきちんとプラケースに泳がせて写真を撮っている。そのゴンズイのフォルムと色のあまりの美しさに驚いてしまった。ゴンズイとはかくも見目佳き魚であったか。次に出会った時には、夜明けを待たないまでも懐中電灯の光の下で、バケツの中の泳ぎ姿を楽しんでみようと思っている。


 
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2015年10月16日

ハチェットの仲間 Freshwater hatchetfish

Freshwater hatchetfish
(左から)グラスハチェット Carnegiella myersi / マーサハチェット C. marthae / マーブルハチェット2亜種 C. strigata strigata, C. strigata fasciatus / シルバーハチェット Gasteropelecus sternicla / トラコカラックス Thoracocharax stellatus

熱帯魚に興味を持てば、誰しもじきにこの魚の存在を知ることになる。その名の通り手斧(hatchet)のように腹部が薄く張り出した体形だけでもユニークなのに、それが大きな胸びれを使って水面上にジャンプするという「おもしろ奇魚」としてアクアリストに古くから愛されてきた魚だ。いま、小型魚を扱っている一般的な熱帯魚店ならマーブルはごく普通に手に入るだろうし、僕が熱帯魚に入れあげていた20年前はシルバーや、少し大きめのショップならトラコカラックスもよく見かけた。最近は水槽小型化の傾向を受けて、シルバーやトラコカラックスよりも体の小さなグラスやマーサの方が幅を利かせている。昨晩立ち寄った「市ヶ谷フィッシュセンター」でも、ハチェットのラインナップはグラス、マーサ、マーブルの3種だった。

ショップでは水面付近を漂うように群れて、ブクブクの水流にただ揺られている姿をよく見かける。けれどもかれらの故郷であるアマゾンの過酷な生存競争下ではまさかあんな風にボンヤリしているはずもなく、大きな胸びれをピンを持ち上げて、腹部の鱗をきらめかせてキビキビ群れ泳いでいるに違いない。特にトラコカラックスは最大で10センチにもなるというから、日本のショップでの姿を見て「ちょっと金属光沢強めのシルバーハチェット」程度の認識でいると、現地では度肝を抜かれること請け合い。子どもの頃からの魚好き、それもハチェットを含む南米の小型カラシンに随分熱中したわりには、アマゾンへの憧れはさほどないというのが正直なところなのだけれど、名刺サイズ級のトラコカラックスが群れるさまはぜひ見てみたいという思う光景の一つだ。


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2015年10月09日

“セイゴ” Lateolabrax japonicus

Lateolabrax japonicus_151009
“セイゴ”こと、スズキ Lateolabrax japonicusの幼魚。上はtuba奏者の高岡大祐さんに連れていただいて隅田川で釣った個体をモデルに、下は本文に登場する大阪北港の個体をモデルに。

小学生のころ、大阪南港の「かもめ大橋」下の小さな堤防へ、父と一緒によく釣りに行った。家から車で30分ほどの、一番手近で、その割には小物からタチウオまでいろいろな魚が釣れるところだった。

中学生になり、高校生になり、大学生になって親元を離れ、さらには卒業後東京に住むようになって、父との釣りは加速するように遠のいていった。この調子では、父と一緒に釣りをする機会はもうあと数えるほどしかないのかもしれない。時折、そういう焦るような思いが心をよぎった。

2010年、結婚を控え、一人で帰省する最後の夏に、数年ぶりに父とかもめ大橋下へ釣りに行った。あまり期待しないようにと自分にブレーキをかけながら沈めた仕掛けだったけれど、小さなセイゴたちがちらほらと針に掛かってきた。このセイゴたちのおかげで、父との久しぶりの釣りは成功だった。時にはケンカしてお互い不機嫌になったりしながらも毎週のように釣りに熱を上げていた、そのころの気持ちを蘇らせて確かに心に焼き付け直した。



それからも何度か機会を作って父とあちこちの懐かしい釣り場へ行ったけれど、思わしい釣果はなかった。20年経てば海の様子が変わるのも当然で、これは新しい釣り場を開拓しないといけないのかもしれない…と思い、つい先日の出張ついでの帰省の折に今度は大阪北港の舞洲へ行った。

北港と言えば、小学生のころに愛読していた「関西の防波堤釣り場ガイド」にはソイやアコウが期待できると書かれてあった場所だ。期待に胸を膨らませていったけれど、海は茶色くドロンとして生き物の気配があまりなく、釣り人たちもどこか気怠げ。その気配に呑まれ、背後の野外フェスから聞こえてくるラップの声にも当てられて、小一時間も持たずにすっかり集中力を失ってしまった。

陽も傾き、ボウズを覚悟してそろそろ引き揚げようとしたときだった。またも、父との釣りはセイゴによって救われた。トリックサビキにズラリと刺した爪の先ほどのイソメに食いついたセイゴは、手のひらの上で繊細に尖った背びれを全開にし、えらを膨らませて威嚇の表情をとった。きりりと反らせた小さな体に細かな鱗が整然と並び、夕暮れ時のぼわんと緩んだ太陽の光を少し青みがかった透明感のある色に変えて照り返していた。

父も嬉しそうにしていたけれど、本当はこのアタリは父に感じてほしかったな、と思いながら釣り場を後にした。


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2015年10月02日

アカハタ Epinephelus fasciatus

Epinephelus_fasciatus

伊豆大島へ1泊2日で釣りに行った。ビジネス街である浜松町の近くの桟橋から、高速船でわずか2時間。島の中央には灰色の層雲を従わせた火山が悠然と構え、大きな消波ブロックに打ちつける荒波がどうどうと空気を震わせるさまは、同じく火山の島であるハワイ島で見たワイピオ渓谷の荒々しい神々しさを、少し彷彿させた。

同行の首藤さんから「伊豆大島は足下で大物が掛かりますよ」と予め聞かされていた通り、着船した岡田港での1時間ほどの様子見の間に30センチほどのオオモンハタが釣れる。石垣や竹富で果たせなかった「ミーバイ」との対面をあっさりクリア。その後島の中心地である元町に移動し、宿へのチェックインを済ませた後の元町港での釣りで、今度はこのアカハタがイカの切り身に食いついて来てくれた。少しずつ陽が傾いて暮れなずんできた堤防の上で、燃えるような緋色が目に眩しい。

食べる釣りは滅多にしないのだけれど、その日の宿は持ち込んだ魚を快く料って晩の食卓に並べてくださるということだったので、活かしたままバケツに入れて持ち帰った。宿のおかみさんは「きれいな魚だねえ」と言って浅いトレイにアカハタを横たえて台所へ戻っていった。元気なはずのアカハタはちっとも暴れなかった。小一時間後、宿の夕食に舌鼓を打っているところへ、おかみさんが刺身になったアカハタを運んできた。うっすらと血合いののった透明感のある白身は、ほどよい歯ごたえと甘みがとてもおいしかった。

食べる釣りをしないことはポリシーでもなんでもなく、ひとえに「釣りの目的が食べることではないから」というにすぎないのだけれど、「自らの手で息の根を止めることへのかすかな抵抗感」という甘ったれた理由もないではない。トレイに載せられて台所へ消えたアカハタが、その後にはもうきれいなお刺身になって出てきたことで、見づらいシーンは見なくて済んだと内心喜んでいたのだけれど、その後おかみさんが「ありゃ生命力のすごい魚だね。はらわた出してもまだ動いてたよ」だの、「頭落としても口パクパクしてたよ」だのと生々しいことを言うものだから、あ、はい、すみません、と自分の甘えを心の中でこっそり謝った。おかみさんと、何よりアカハタに。


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