2015年12月25日

カサゴ Sebastiscus marmoratus

Sebastiscus marmoratus 151225

ムラソイが海の魅力を教えてくれたのだとしたら、このカサゴは小学生の頃からすぐ隣を伴走してくれているようなものかもしれない。岸和田沖の一文字で父が釣った小さなカサゴに、僕たち父子の釣りの師匠である村田さんが「ガシラですやんか!」と喜色を浮かべて以来、カサゴは僕にとってずっと「心地好く手の届く憧れ」であり続けた。だから6年ほど前、ふと思い立ってそんなふうに思い出深い釣魚たちをイラストボードに並べて描いていったときも、カサゴには特に気合を入れた。なんといっても難しいのは、複雑に斑点が重なり合ったまだら模様だ。これは工夫がいるぞと、脱衣場から綿棒を一本とってきて、絵の具をのせては綿棒で丸く拭き取るということを繰り返した。そうして完成したカサゴは、素晴らしくリアルに特徴を捉えているように見えた。「見て!世界で一番うまいカサゴが描けた」「人類史上一番うまく描けたカサゴや」とはしゃいだことを、いまだに妻と話題にしてはケラケラ笑う。なにしろその「世界で一番うまいカサゴ」は、たった4センチほどの大きさでちんまりと描かれた、リアルというよりは可愛らしいイラストだったから。でもその時は本気だった。
その後何度もカサゴを描いた。さすがに「世界一うまい」とはしゃぐだけの無邪気さはもうないけれど、その代わり発見したことがある。「手の届く憧れ」であり続けたカサゴとはいろんな形で出会ってきたので、心の中のイメージが豊かに発酵しているのだ。昼間の海で釣り上げられた小さな個体が精いっぱいに広げる胸びれの、櫛の歯のような繊細さ。真っ暗な海でゴゴンと竿先を抑えて揚がってきた大きな個体が、堤防に転がる時の重たい音。水槽の中でガラス越しにこちらを見る、愛嬌のある目と意外にも品よく尖った口先。そこからさらにいろんな感情や思い出が繋がって、イメージが広がってゆく。
自分と並走してくれるそんなトリガーを持てるのは、とても幸せなことだと思う。


 
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2015年12月18日

ムラソイ Sebastes pachycephalus

Sebastes pachycephalus 151218
「泳ぐムラソイとその背景」に見えるけど、下の絵は背景ではなくて、ムラソイがいるであろうゴロタ場を、波打ち際から覗き込んだ光景…のつもり。

ムラソイに導かれるようにして、海の魅力に取り憑かれていった一年だった。

年初、真鶴で小さな根魚たちと出会い、その楽しさに相模湾西部へ足繁く通ううちに、子どもの頃からのムラソイへの憧れに火が点いた。決して珍しい魚ではなく、ネットを見ていればファミリーフィッシングでもカサゴに交じって(時には区別されずに)釣られているのだけれど、なぜかとんと姿を見なかった。

ようやくムラソイに出会えたのはゴールデンウィークに思い切って足を伸ばした伊豆稲取の海で、そこでようやく彼らの好む生息環境というものが分かった。堤防よりは圧倒的にゴロタ場。水深のあるところよりは、潮が引けば50センチにも満たないような浅いところ。流れの激しさは厭わず、打ち寄せる波が岩の合間へ滑りこんで激しく泡立つような場所からスポンと大きな魚体が揚がったこともある。ムラソイは基本的に「磯」の魚であって、どちらかというと落ち着いた海を好むカサゴと同じ場所で釣れることの方が珍しいのだと思うようになった。

ムラソイのいる場所をピンポイントで、それなりに高い確率で見抜けるようになって、僕はどんどん「水際」へ近づいて、時には足を海に浸けながら釣りをするようになった。そうして、磯に溢れるさまざまな形の無数の命の存在や、それらが潮の満ち干に合わせて駆け回ったりうずくまったりするさまに夢中になった。けれどもそれ以上に僕を惹きつけたのは、海の持つ莫大なエネルギーだった。潮が満ちてくるときのひと波ひと波のうねりは、全力疾走するチーターの胸の動きのようにダイナミックで、そして人間にはまったく読みえない意思を持っているように見えた。「何を考えているのか分からない」という恐怖心が、磯にいる間じゅう常にあった。ライフジャケットを必ず身に着けるようになったし、磯を移動する足の運びの、多少大袈裟に言えば一歩ずつに、自分の身体の重心のありかと力の入れ方を口に出して確認するようになった。

恐怖心を持つ、ということは、自分と対象とを隔てる壁が少しずつ取り払われているということだ(動物園のライオンの檻の、柵の隙間が少しずつ広くなるようなもの)。だから、恐怖を感じると同時に、自分が海とどのように関わるのかをより深く考えるようになる。それが今は単に「磯でどのように過ごすか」という関わりについてだけれど、これを出発点として、自分という人間がどう関わるかということにまで考えを広げていきたい。ムラソイに導かれて、その入り口に辿り着いた一年だったと思っている。


 
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2015年12月11日

ヒノマルテンス Iniistius twistii

Iniistius_twistii.jpg

「日の丸」の象徴的な意味を云々するつもりは一切ないのだけれど、やっぱりこの魚を初めて知った時におお、と思ったのは、単に思い切りのいい奇抜な柄だからというだけではない。白ごはん+梅干しの取り合わせを「日の丸弁当」と呼ぶぐらいにはこの意匠を一つの類型として認めている、それもオーセンティックなものとして認めている社会にあっては、この魚にプラスの意味を込めて「ヒノマル」の名を冠するのはごく自然なことだ。

ただ、当の本人は当然ながらそんな意図でこの模様を纏っているのではない。僕は海に潜って魚を見た経験がほとんどないのであくまで動画や写真からの想像だけれど、ある程度深さのある海においてこの魚の姿は相当視認しにくいだろうと思う。「白ごはん」部分は海の蒼さに押し込められた海底の白砂とほぼ同じ色になるはずだし、「梅干し」部分は黒く沈んだ色になって、海底に点在する岩や貝殻に紛れ込んでしまうに違いない。
竹富で聞いた話を思い出す。マトフエフキという魚は、その名の通り「的」になりそうな目立つ黒点が体側に染め抜かれているのだけれど、浅いサンゴ礁の海中ではその的そのものが小さなスズメダイの泳ぎ姿に見えるそうだ。ひょっとすると、それで他の生き物を油断させて捕食の成功率を上げているのかもしれない、と。

釣り上げたり鮮魚店に並べたりしてみれば、なんでこんな奇抜な柄になったんだろうと思うような魚は他にもたくさんあるけれど、きっとそこには無駄がない。そうして打つ手が功を奏した者だけが生き残ってきたのが海なのだと思えば、この「日の丸」も生々しい凄みを含んだ、この種の執念そのもののように見えてくる。


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2015年12月04日

クジメ Hexagrammos agrammus

Hexagrammos_agrammus

小学生の頃、父とはよく「泉南」と呼ばれるエリアで釣りをした。その名の通り大阪府の南の方、長靴で言えば足の甲からつま先にかけての部分だ。行きつけは近い方から順に泉大津、貝塚、泉佐野とあって、そのうち貝塚の大きな人工島の先端の長い突堤でアイナメに交じってこのクジメがよく釣れた。

アイナメとクジメ、この両者はよく似た姿をしている(アイナメの姿はこちら)。
もっとも簡単な見分けは尾びれの後縁の形だとされている(アイナメは直線的、クジメは緩やかに円く張り出している)ほか、側線(体の側面にある感覚器官)の数にもアイナメが5本、クジメが1本という違いがある。

けれどもそれらはあくまで確実に見分けるための識別ポイントなのであって、かれらの違いを「楽しむ」ならば、尾びれを見てうーんと唸ったり(尾びれを閉じていると案外後縁の形は見分けづらい)、側線に目を凝らす必要はない。ゲシュタルトとしての体つきと顔、それに色を見るべきだ。

アイナメはクジメより大きくなる魚なだけあって、たとえ若い個体でも将来的に立派な体格になることを予感させるボリュームがある。対するクジメは小作りで引き締まった印象。たとえるならば、日本人のマラソン選手がクジメ、ジャマイカの短距離走選手がアイナメということになる。

顔つきも違う。アイナメは唇が大きいので口先がやや丸みを帯びて見え、クジメに比べればおっとりしている。ただし、その丸さが老成魚ではぎょっとするような迫力に変わる。大きくなる魚が年老いると表情に独特の生臭さを帯びてくるのはマダイなんかも同じだ。対して、クジメは口先がシャープで、目と口の距離も近いのですばしこい印象。小学生の頃、小柄で活発な子はこういう顔をして目をきらきら光らせていた。

あとは色。これは岩場や藻場に生息する魚の通例として個体ごと・場所ごとの色彩変異が大きく一概には言えないけれど、アイナメは黄みや橙みを帯びた茶色、クジメは赤みやえんじみがかった茶色のものが多い。おそらく、同じ場所でも何らかの棲み分けをしていて、それが体色に表れているのだろうと思う。

釣り人がクジメを話題にするときは、尾びれの形・側線数の識別ポイントに、「アイナメに比べておいしくない」というガッカリ情報がついてワンセットになっていることが多い。でもがっかりするために見分けるのではなく、アイナメとの違いをのんびりと鷹揚に眺めてみれば、手の中で跳ねるクジメがもうちょっと魅力的に見えてくるかもしれない。


 
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