2016年05月27日

テリエビス Sargocentron ittodai

Sargocentron_ittodai

ところ変われば、海も変わる。海が変われば、魚も変わる。魚変われば、釣りも変わるーーということで、石垣島へやってきて以来、釣りがまったく振るわない。関東では漁港の岸壁や地磯で物陰を探って根魚を釣るということに熱中していたから、サンゴ礁の海やマングローブへルアーを投げて魚を振り向かせる術がまるで身に付いていない。

まずは思い通りにルアーの投擲ができるように、と苦しんでいたある日、干潮で剥き出しになった遠浅の海の向こうにいかにも根魚が好みそうな古びたコンクリートの構造物が並んでいるのを見つけた。後で知ったのだがそれはヒメシャコガイの養殖基盤だった。ただ、稼働しているのは三十基以上が並ぶ中でどうも一基だけのようで(それとてシャコガイが勝手に入り込んだだけかもしれない)、あとはタイドプールと化して中を小さなスズメダイたちが泳いでいる。

この基盤はどれも死サンゴの上にどすんと直置きされたもので、海底との間に大小まちまちな隙間ができていた。ここへワームを落とすと、たちまち魚が飛び出してくるのが見えた。ワームやフックの大きさを様々に変えてみるうちに、石ミーバイ(カンモンハタ)やメギスが掛かった。慣れた根魚釣りにようやく戻れて気分良く楽しんでいると、真っ赤な、根魚ではない「泳ぐ魚」が飛び出すのが見えた。フックを小さめにして狙うと、針に掛かったのがこのテリエビスだった。

干潮時には水深1メートルにも満たないこんなところに、こうも真っ赤な「泳ぐ魚」がいるとは思いがけなかった。南の海の、というよりは深い海の魚の姿をしている。鱗は薄くて硬く、小さな平面が列をなして体を覆っている。顔まわりの棘は細く、鋭い。顔はスマートで目はつぶら、口の大きさにも根魚らしい貪欲さがない。海が変わっても、同じような環境にいる魚はやっぱり種を超えて似た雰囲気を持つものだと思っていたけれど、根魚が好む環境から釣り上げるものとしてテリエビスの姿は僕には異端だった。改めて、ここはこれまで釣りしてきたのとは違う海なんだと実感した。


 
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2016年05月20日

ヒレグロコショウダイ Plectorhinchus lessonii

Plectorhinchus_lessonii

コショウダイが好きで、魚の絵を描き始めた頃はこの仲間をあまりよく知らないなりにネットで資料を集めてはよく描いていた。それは思い返せば新婚旅行で訪れたハワイの水族館で、チョウチョウコショウダイの滑らかで威風堂々とした泳ぎ姿が目に焼きついたからだった。この仲間は種によって模様がさまざまで、描いていて楽しかった。国内の水族館でも決して珍しくない魚たちだから、見かけるたびにかっこいいなあと貼り付いて眺めていた。

絵を描くときに自分の頭の中のその魚のイメージをどのように作り上げてゆくか、どこまで「自分のもの」として鮮明に持つかを重んずるようになって、水族館で見ただけのコショウダイの仲間は、やはり好きな魚ではあったけれどあるいはそれだけ余計に、モチーフとしては遠のいていった。この「魚の譜」は毎週更新し続けてそろそろ4年になる。その間には何を描こう/書こうかというネタ切れに苦しむ時期もあったのだけれど、それでもコショウダイたちには手を出せずにいた。

石垣島に移り住み、4月末から5月上旬にかけての数日間を竹富島で過ごした。ある日、竹富島の中でも特に流れが強くて、潮止まりのわずかな時間だけ安心して入れるアイヤル浜へシュノーケリングに連れて行ってもらった。常に速い潮に洗われている海は透明度が高くて、これまであまり見たことがなかったテーブル状のサンゴが広がり、色とりどりの魚たちがその合間を縫って泳いでいる。シュノーケルをくわえたまま、その光景に息を呑むようにして泳ぎ進んで行くと、ひさし状に張り出したサンゴの下に、このヒレグロコショウダイがゆったりと群れで佇んでいた。よく知る好きな魚に、広い海の中で実際に出会ったときの感動というのはどうにも言い表しがたい。その後も今日までに2度、海の中でヒレグロコショウダイたちに出会っているけれど、「一期一会」というどこかありふれてしまった言葉を、生まれて初めて実感を伴って嚙みしめている。


 
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2016年05月13日

ヒメジの幼魚たち Juvenile goatfish

Juvenile goatfish
(左上)インドヒメジ Parupeneus barberinoides (右上)ホウライヒメジ P. ciliatus
(左下)コバンヒメジ P. indicus (右下)オジサン P. multifasciatus


いま、家の前の浜でシュノーケリングをすると、5センチほどの小さなアイゴやこのヒメジの仲間たちが群れをなして泳いでいる。アイゴの群れは壮観。おそらく何百尾という数の魚たちが、海草の茂みの中へ次々と降りてゆくと、平たい体をクリスマスのオーナメントのようにキラキラさせながらひとしきり藻を食べる。ゆっくりと近づくと群れはまたふわりと舞い上がって、ざあっと音を立てそうな勢いでいっせいに泳いで、また少し離れた海草の茂みに降りてゆく。

ヒメジの仲間は大きな群れは作らずに、せいぜい10尾程度の小さなまとまりで行動している。水の中でかれらに出会っての発見は、その群れが複数の魚種からなる混成群だということ。図鑑で見覚えのある特徴的な色彩の小さなヒメジたちが連れ立って泳いでいる。そこにアイゴの仲間が加わっていることも多い。さっきの大きな群れからはぐれた個体なのか、成長段階で行動様式が異なるのか、それとも大きな群れを作っているのとは別の種なのか。

インドヒメジ(左上)の見た目が好きで、アクアパーク品川(旧エプソン)で小さな個体が岩の上に陣取る姿を水槽に張り付いて眺めたものだけれど、その同じ色彩に海の中で出会うと「あ、ほんとにいるんだ」と思う。いくら図鑑や水族館で魚を見知ってはいても海は未知の世界、足を踏み入れれば知らない魚ばかり…と、頭のどこかで思い込んでいる。実際その通りな側面もあるのだけれど、でもシュノーケリングで魚を見たときの感動はまずは「あ、ほんとにいるんだ」だった。自分の知識が、自然の中で確かめられたときの充足感。子どものころ、CDで聞いていた虫の鳴き声を、父に連れていってもらった夜の山で実際に聞き分けたときの興奮を思い出した。


 
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2016年05月06日

ハゲブダイ Chlorurus sordidus

Chlorurus_sordidus

家の近くの浜ではもっぱら膝丈ぐらいの水位の浅瀬を這い回るシュノーケリングだけれど、釣りに素潜りにと海遊びの名人のIさんに連れていただいて、沖合のサンゴ礁を覗きに行った。沖合、といっても海底からサンゴがうず高く積み上がっているから水深はわずか2メートルほど。そこをプカプカ浮かびながら、眼下を舞い泳ぐ色とりどりのベラやチョウチョウウオやスズメダイを眺めて楽しんだ。図鑑や水族館でしか見たことのない魚たちが、誰に連れてこられたわけでもなく、何のラベルを付けられるでもなく、ただ自然の中に存在している。そのことへの感動と同時に、改めて人間が自然と向き合ってきた長い長い努力にも思いが至った。この果てしなく広い海の生き物たちに名前を付け理解しようとし、水槽の中にこの環境をできる限り再現して社会に共有しようとしている。なんという遠大な根気が人間を衝き動かしていることか。

死サンゴの山が崖になって、遥か10メートルいじょう下の海底へ落ち込んでゆくその際のところで、サンゴを口にしては吐き出している雌型のブダイが目に付いた。隣で緩やかにペアをなしているように見える雄型の個体の、その見事な青の発色はもちろん素晴らしいのだけれど、それ以上にこの雌型の渋い美しさに釘付けになった。上から見ると思った以上に大きな胸びれをぱたぱたと羽ばたかせながら、サンゴの山をすいすいと泳いでゆく。慣れない足ひれを懸命に動かして後を追うと、体側に白い斑点が生じたり尾柄部分に真っ白な帯が浮き出したり、見る見る体色が変化する。けれども滑らかに丸い額に浮かぶ黄色い虫喰い紋と、下あごから喉にかけての深みある紫色は常に変わらない。これを脳裡に焼き付けようと後をつけながら必死に目を凝らしたけれど、マスクの曇りに気を取られてもたつくうちに、彼女はスイと死サンゴの丘の向こうへと泳ぎ去ってしまった。


 
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