2016年06月24日

セナスジベラ Thalassoma hardwicke

Thalassoma_hardwicke

サンゴ礁の海で、目に飛び込んでくる色とりどりのベラの類をいちいち何という種類か見分けようとしていると、海に入るのが楽しくなくなってしまうかもしれない。それぐらいベラの仲間は多彩で、同じ種でも雌雄や成長段階や時期や個体差によって見た目がまるで異なるものも多いから、普通の知識量であれば次々現れるベラたちを石つぶてのように浴びながら「はあ…ベラがいっぱいだなあ…」と溜め息を吐くしかない。

そんな中でこのセナスジベラは、この真っ黒な縞模様(鞍状斑/くらじょうはん、というらしい)のおかげでたやすく顔と名前を一致させられるようになった。サンゴ礁の海に極彩色の魚はたくさんいるし、一方で全身が黒っぽい魚も珍しくない。けれどもかれらのように、極彩色の体に書家の墨痕のようなくっきりと鮮やかな黒をまとった魚はあまりいない。黒という色を眩しく感じるのは、初夏の陽の光が幾筋もの帯になって浅い水中に射しこむ中、サンゴの上を舞い泳ぐこの魚を目にしたときだけのような気がする。


 
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2016年06月17日

チョウチョウコショウダイ Plectorhinchus chaetodonoides

Plectorhinchus chaetodonoides_160617

新婚旅行で訪れたワイキキの水族館で、一尾悠々と泳ぐ姿に魅せられてこの魚が好きになった。立派な体つきに洒落者揃いの同属の中でも、とりわけ頭でっかちで唇が大きくて(そもそもコショウダイの仲間はsweetlipsの英名を持つほど唇の厚みに特徴があるのだけれどその中でも特に)、大振りなひれを張って飛ぶように泳ぐ姿はとても印象的で、魚の絵を本気で描いてみようかなと思い始めた頃によくこの魚を選んでいた。この「魚の譜」も初っ端4本のポストのうち3本がコショウダイの仲間なのだけれど、チョウチョウコショウダイがうまく描けずに少し意気消沈した覚えがある。

そんな思い入れのあるこの魚に自然の海の中で出会ったのは、石垣移住後初めて自力である程度の深みまで泳いで出た日のことだった。浅場が終わるある地点を超えると泳ぐにつれて海底がどんどん眼下に遠ざかり、濁った水の向こうから大きなサンゴの群落がぼんやりと姿を現わしてくる。恐怖心混じりの高揚感に見開いた目に、浅場では見られなかったとりどりの魚たちの舞い泳ぐ姿が飛び込んでくる。これまでシュノーケリングをしたことがなかった僕にとって、水族館や図鑑で見慣れた魚たちに実際の海で出会う感動は少し複雑だ。姿かたちは見慣れたものだから「ああ、いるいる」という「当たり前感」が先に立ち、少し遅れて「おおほんとにいるんだ…すごいすごい!」という感動がやってくる。

けれども、サンゴの群落と群落のちょうど「谷」になったところで、海底の白砂を背景にホバリングするチョウチョウコショウダイの姿を認めた時には、自分の思考の速度を超えて感動が押し寄せてきて、喉がぐっと詰まって涙が出た。思考を経ずに、説明できない情動で涙が出るなんていうのは初めてのことだったから、自分にもそんなことがあるものかと心地好かった。5メートル向こうの海底を怖いなと常にうっすら思いながら、ゆったりとひれを動かす姿を追いかけてしばらくのあいだ波に揺られた。


 
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2016年06月10日

アヤコショウダイ Plectorhinchus lineatus

Plectorhinchus lineatus

家の前の伊土名浜は潮の流れが緩やかで、またマングローブ林から吹通川が流れ込む地形のせいか透明度がさほど高くない。だからシュノーケリングで沖へ出て、眼下の水深が5メートルほどになってくると、底の様子は真下以外ははっきりとは見えなくなる。前方の白砂の海底にぼんやりと暗い影が浮かび、泳ぎ進むにつれ大きなサンゴの群落が次第に姿を現わすとき、頭の中では決まって「2001年宇宙の旅」のテーマ曲が流れる。5メートル向こうの海底は僕にとってはまさに宇宙のような未知の世界で、この曲は人が未知と出会うときの恐怖心混じりの高揚を実によく表現しているなといつも感心する。

サンゴの群落の周りには、そこを棲み処にしているとりどりの魚たちが群れている。そんな中でひときわ目を引くのがコショウダイの仲間たち。僕が魚の絵を描き始めた頃に惹かれたこの威風堂々たる体格と美しい紋様の魚たちに、家から歩いて浜へ出て、そこから自分で泳いで辿り着いた沖で出会えるという感動は、言葉に尽くしがたい。3〜4メートル下を舞い泳ぐコショウダイたちを追いかけて、水面をぷかぷか漂っていると時間の経つのを忘れる。

そこで見られたコショウダイは今のところ3種。ヒレグロコショウダイ、チョウチョウコショウダイ、そしてこのアヤコショウダイだ。泳ぎ姿を眺めていると、同属できょうだいのようなこの3種の間にも、はっきりと性格の違いがあると分かる。アヤコショウダイは他2種に比べてやや神経質なようで、水面近くをただ浮かんでいるこちらの存在を気にしている節がある。緩やかに追いかける僕が真上に来るのを嫌がって、少し速度を上げてサンゴの間を泳ぎ回る。体高があって地色が白いので、濁りの向こうでも見栄えがする。写真や図鑑だけでは体感できない、そのようなきょうだいの間の違いをいつでも見たいときに見に行けるのは、この環境に身を置いている大きな特権だと感じている。


 
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2016年06月03日

“アカマチ”(ハマダイ) Etelis coruscans

Etelis_coruscans

「ハマダイ(あかまち)を、機会があったら眺めておかれると、長いタイムスケールで見ればいろいろと幸いではないかと思います(福を呼ぶ魚、みたいですね)。大きく、美しい色と形から、熱帯の海を代表する魚の一つだから、画題としての依頼もあるやもしれません」

石垣島に移り住む直接の理由を下さったKさんとのご縁はわずかここ1年半余りのもので、初めて直にお会いしてからは1年すらも経っていない。そのKさんがお会いしてより時折下さるメールの中に、アカマチのことがこう書かれてあった。アカマチは沖縄では「三大高級魚」のひとつとして特別な敬意を得ている(ように思える)魚だけど、僕がこの魚を意識するようになったのはKさんのそのメールに触れたからだった。石垣への移住などというのは当然まだその萌芽すらなかった時点の話だれど、それ以降アカマチは僕にとって、絵を描いていくうえでの覚悟や運をためすような存在として、心の片隅にひっそりとどまった。

石垣島へやってきて間もない頃、八重山の海を知り尽くしたIさんの船で、黒島沖へ深海釣りに連れて行っていただく僥倖があった。Iさんが「アカマチ見たいですか」と訊いてくださるので、気負い込んでハイと答えた。Iさんは「狙いどおりに行くか分からんよ」と笑いながら、地点と深さを決めて仕掛けを沈めた。2度めの巻き上げで、体長(尾びれのつけねまで)で30センチくらいのアカマチが釣れた。どちらかというと朱系の、郵便ポストみたいなべったりとした赤を想像していたのだけれど、甲板を跳ねるアカマチは透明感のある鱗の下にマゼンタや群青や紫を宿してとても涼やかに美しかった。Iさんがこうしていとも簡単げに見せてくださったことで、僕が試されている覚悟や運は一段階先に進んだように感じられて、身が引き締まった。


 
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