2016年07月29日

マトフエフキ Lethrinus harak

Lethrinus_harak_160729

石垣島へ移り住んで、初めて水の中で出会った「大きな」魚がマトフエフキだった。家の前の伊土名の海にたくさんいて、好奇心が強いのかこちらを横目に見ながらぐるりと円弧を描くように泳ぐ。大きな目と尖った口先が印象的な顔立ちは海の中でも愛嬌たっぷりに見えて、いつもと違う浜でも出会うと少しホッとするほど愛着のある魚になった。

つい先日、愛用していた防水カメラをふとした拍子に水没させてしまい、しばらくは海に潜っても写真を撮れないことになってしまった。またどうも右耳の耳抜きがうまくいかず、潜るたびに不調を感じるようになっていたので、しばらくは潜るのをやめてもっぱら釣りで魚と出会うことにした。そうして2日目に、潜りはしたことのない漁港で大きなマトフエフキが釣れた。置いていた竿があわや引きずり込まれるほどのパワーだった。

堤防に横たわる魚体は夕陽を浴びて、水の中では見たことのない金色に光っていた。ほれぼれと眺めて写真を撮った後、ためらいなくエラを切り落として絞めた。その日は大きな魚が釣れたら夕飯のおかずにしようと思って包丁を持って行っていたのだった。いつも伊土名で一緒に泳いでるのと同じ魚だと知りつつも感傷はなく、刺身が食べられることの嬉しさばかりが頭にあった。ただ、満足して釣りを終えて、すっかり陽の暮れた漁港を引き揚げようと魚の入った箱を小脇に抱えて立ち上がった時、箱の中の魚への愛着が急に湧き上がって少しだけ胸が締め付けられた。

刺身も、アラの蒸し物も、翌日の昆布締めも、またすぐにでも釣って食べたいと思うほどに美味しかった。愛着のあるものの息の根を、スッパリ絶って楽しく食べる。相反するようでいて、これこそ人間が自然に接して生きる上で数限りなく繰り返してきたことなんじゃないかという気がする。


 
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2016年07月22日

ムラサメモンガラ属、3種 Rhinecanthus spp.

Rhinecanthus_aculeatus
ムラサメモンガラ Rhinecanthus aculeatus

Rhinecanthus_verrucosus
クラカケモンガラ R. verrucosus

Rhinecanthus_rectangulus
タスキモンガラ R. rectangulus

石垣の浅い海にはこの仲間がたくさん棲んでいる。初めてムラサメモンガラに出会ったときは、5メートルほど離れていたにもかかわらずサッと緊張した。気が荒い魚で、ダイバー相手にも躊躇なく攻撃してくることがあると聞いていたからだ。

けれども今のところ、かれらから攻撃を受けたことはない。こちらを横目に見ながら(だから体の側面がこちらに正対して、紋様を見分けやすい)スイと遠ざかったり、サンゴや岩の隙間にするりと身を滑り込ませたり。どちらかというと臆病な魚たちなのだと思う。

そんなかれらがダイバーに立ち向かうほど攻撃的になるのは繁殖期、巣の卵を守るためらしい。普段は臆病な、せいぜい20センチほどの小さな魚が人間に噛み付くというのには、よほどの切迫した覚悟が必要なはず。誰も守ってくれることのない広い海の中で、自らとその子を守り抜くことの困難を、この健気な魚は思い知らせてくれる。


 
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2016年07月15日

サザナミヤッコ Pomacanthus semicirculatus

Pomacanthus_semicirculatus
幼魚は黒地にぐにゃぐにゃした曲線模様。成魚になると曲線が消え、体の中央部分が明るいオリーブ色になって斑点が現れる。これは成魚の気配が匂いはじめた若魚

石垣島の北部、伊原間(いばるま)の海に初めて入った。同じ石垣島といえど、場所ごとに海の様子はさまざまに異なる。その日入った浜では、砂地に大きな岩の塊が点在し、そこにサンゴが活着して魚の棲み処になっていた。

ある岩陰にサザナミヤッコの幼魚を見つけた。黒の地色に青と白の特徴的な曲線がよく目立つ。南米のチョウにも同じようなぐにゃぐにゃした曲線があしらわれたものがあるけれど、こういうラインには捕食者を幻惑するような働きがあるのだろうか。しっかりと写真に撮りたくて息を溜めて潜るのだけれど、岩の下にスイと入り込んだり岩の周りをぐるぐる逃げたりで埒があかない。

あきらめて別の岩塊を巡っていると、この絵の通り幼魚の曲線の向こうに成魚の体色がかすかに現れはじめている個体が浮かんでいた。あっという間もなく岩の下へと滑り込んでしまったけれど、体形も大人びて背びれと尻びれの後縁がスパッと直線的な三角形に尖っているのがはっきりと目に焼きついた。その美しさは最初に見た幼魚以上で、なんとか写真に納めようと岩陰から出てくるのを待ったのだけれど、いっこうに姿を見せない。

魚種によるけれど、成長して大きくなるにつれどんどん用心深くなる魚がいる。体が大きくなることで捕食のリスクは低下するはずなのにどうしてだろうと思っていたら、「大きくなるにつれ用心深くなる」のではなく「用心深い個体だけが大きくなれる」というのが真実らしい。今日のサザナミヤッコ2個体の比較もそれに当てはまるかな、などと考えつつ波に揺られて待ったけれど、結局二度とは姿を現さなかった。


 
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2016年07月08日

キリンミノカサゴ Dendrochirus zebra

Dendrochirus_zebra

海の中で初めて見たミノカサゴは、このキリンミノカサゴだった。ビーチに船を繋留している、その重しとして浅瀬に沈められたコンクリートブロックに、2尾のキリンミノカサゴが身を寄せていた。図鑑で見慣れた魚に自然の中で出会うことにはいつも興奮するけれど、この時もやっぱりサッと頭に血が上った。ひれに毒があるので触るわけにはいかないから、足を伸ばしてフィンで煽るように水流を送った。2尾はさっと胸びれを開いて、その場でぐるりと身を翻した。胸びれの青みがかったグレーと、そこに点々と光る白いスポットや爪のように伸びた条がよく目についた。

ハナミノカサゴは長く伸びた条を持っていて、それを広げてゆったりと泳ぐ姿は少し水深のある場所でのシュノーケリングでもよく目立つけれど、キリンミノカサゴはどちらかというと浅場で物陰にじっと佇んでいる印象が強い。初めはミノカサゴの仲間の中でも地味な種類だと思っていたけれど、何度も出会ううちに魅力に気がつき始めた。コンパクトにまとまったバランスいい体形や、目が大きめで愛嬌ある顔立ち、透明感のあるコントラスト強めの色彩は、この魚ならではのものだと思う。そして「麒麟」というネーミング。なぜそれを思いついたのかは分からないけれど、ビールのラベルに描かれた霊獣に確かに通じるものがある。この魚への名付けを託されて「麒麟」を持ち出せるセンスの持ち主は、千人に一人もいないのではないか。


 
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2016年07月01日

ホンソメワケベラ Labroides dimidiatus

Labroides dimidiatus
(上から)ホンソメワケベラ Labroides dimidiatus
ハワイアンクリーナーラス L. phthirophagus
ソメワケベラ L. bicolor
スミツキソメワケベラ L. pectoralis


芸能人を街で見かけて「ああ、あの人って実在するんだ…」と思うことがある。子どもの頃からテレビで繰り返し見続けたような芸能人はあくまで「テレビの中の人」だから、同じ世界で同じ空気を吸ってごく普通に生きていることが何やら軽い発見のように思えてしまう。
それと似たことが、今年33歳にして初めて南の海でシュノーケリングをして目白押しに起こった。昔から何度も図鑑や水族館で見てきた魚たちが、次から次へと眼下に現れる。そこで繰り広げられる魚たちの生態に僕は釘付けになった。それが人為的に作られた光景ではなく、いま自分は広大な海の中で魚たちの日常に偶然接しているのだということを、かれらの振る舞いのひとつひとつが実感させてくれた。

他の魚についた寄生虫や食べかすをついばむホンソメワケベラのクリーニングは、海の中ではありふれた光景だ。けれどもそれを初めて見たときの僕の感想はやっぱり「うわ、ホンソメワケベラがほんとにいる…しかもほんとにクリーニングしてる!」という驚きだった。客の魚は各ひれを大きく開いたままピタリと静止し、ベラはスイスイと漕ぎまわりながら体表をついばむ。やりとりは不意に始まり、流れ去るように終わっていく。その様子はあまりにもさりげなく自然で、幾度も眺めるうちに人間が「クリーニング」として殊更に取り上げるのが何か大仰なことのようにすら思えてくる。これはその他の名付けられていない無数の行為と同様、魚たちが海のいたるところで繰り広げている日常なのだ。

この仲間はいずれも同じクリーニングの習性を持っている。僕が実際に見たのはホンソメワケベラとソメワケベラの2種だけれど、僕がたまたま見たときソメワケベラの客のブダイはクリーニングを嫌って身を翻していた。ホンソメワケベラではそんな光景は見たことがない。ホンソメワケベラの方が圧倒的に「店舗数」が多く、人間界にも名が通っているのは、クリーニングの腕前の違いによるのかもしれない。


 
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