
初めて石垣・竹富を訪れた2年前の夏、浜という浜はどこへ行っても小さなヤドカリでいっぱいだというのが小さな発見だった。砂を踏んで歩いてゆくと、足下でざわざわ動いていた小さな貝殻たちが次々慌てたようにうずくまる。そしてこちらがそのまま息を潜めていると、またそこらじゅうもぞもぞと動き始めるのだ。当時は東京に住んで、週末ごとに三浦半島や東伊豆の地磯を巡っていたから、けっしてヤドカリというものが物珍しかったわけではない。けれども視界の中で一度にこれほどたくさんが動いているのは初めての経験だった。
ヤドカリという生き物にあまり注意を払わずにきたもので、こうして足下を歩いているヤドカリたちが関東の海にいるのとはちょっと違うなと気がついたのは少し経ってからだ。この子たち、水に入らずに陸を歩いてばかりいるけど、三浦の磯のはけっこう水の中にいるよな。それにこの子らは殻に引っ込むと爪と脚できれいにフタをするけれど、三浦のはこんな引っ込み方してたっけ…
かれらがオカヤドカリという仲間だと教わったのはその後のこと、そして日本で見られるオカヤドカリの「すべて」が天然記念物であって、簡単に言うと「触っちゃダメ」だと教わったのはそのさらに後のことだった。そうなると何とはなしの近寄りがたさを感じて、こんなに身近にたくさんいるのにそのまま興味を深めずにきてしまった。けれどもこのほど愛に満ちたオカヤドカリ本を購入し、また絵に描くことにもなったので、よく見ようと浜へ探しに出た。本体も背負う貝殻もバリエーションに富んで、眺め飽きない。爪をひっかけて案外スムーズに流木を登ったかと思うと、転げ落ちて岩陰に慌ただしく駆け込んだりする。そんな姿はユーモラスで愛らしい。
絵に描こうと思えば貝殻と本体両方を相手にしなければならず、どちらも描き慣れた魚とは質感が違うこともあって「一粒で二度苦しい」。けれども改めてこの仲間の魅力に触れて、世界が少し広くなった喜びを感じている。