
カクレクマノミは浅場でシュノーケリングしているともっともよく見かけるクマノミで、たいていは複数尾でひとつのハタゴイソギンチャクを棲み家としている。ハタゴイソギンチャクは毛足長めのふわふわのラグのようで、しかも起伏に富んだ形をしているからクマノミたちはそこに身を埋ずめていかにも心地良さそう。けれどもそれにつられて「じゃあ僕も」と軍手のゴム面をほんの少し触れただけで、イソギンチャクはキュキュキュと身を縮めつつブチブチ音を立てるようにして無数の触手を貼り付かせてくる。ハタゴイソギンチャクは毒が強く、実際に刺されると痛みと痒みでかなり辛い思いをすることになるらしい。
クマノミとイソギンチャクの共生関係といえば、「クマノミはイソギンチャクに守ってもらい、イソギンチャクはクマノミから餌のおこぼれを得る」というシンプルな説明が古くからされてきた。けれども最近の研究によると両者の関係はもっと込み入っている。クマノミはイソギンチャクの粘膜や卵を少なからず食べているようだし、逆にクマノミがイソギンチャクを守っているおかげでイソギンチャクが大きく成長できるという側面もあるらしい。「持ちつ持たれつの関係」というのは傍から見る以上に複雑なものであって、あまりそこにしたり顔で口出しするものではない、という教訓を僕は得た。
棲み家のイソギンチャクを守るクマノミというのは勇敢なものだ。可愛らしい魚、というイメージがすっかり定着しているけれど、なかなかどうしてふてぶてしく逞しい顔つきをしている。オレンジ色のクマノミの姿が見え、そちらへ泳いでゆくと、かれらはまずイソギンチャクの前に立ちはだかって真っ向から対峙する。少しずつ距離を詰めても、左右にひらひら泳ぎながら顔は常にこちらへ向けたまま視線を切らない。それでも構わず近づいてゆくと、かれらがどうやら心の中に持っているらしい「このラインを超えてきたらアウト」の境界線ギリギリまで立ち向かう姿勢を崩さず、ついにそれを超えると慌ててイソギンチャクの中へ逃げ込む。その、ギリギリまで決して背を向けないありさまが僕は大好きだ。世を生き抜いていくには、断固として立ち向かう姿勢を示さねばならないこともある。その教訓にもまた、僕は顔を海に浸けながら深く頷いたのだった。