
ボラの類はとにかく釣り人に好かれない。父親と毎週末の釣りにいそしんでいた小学生の僕も、サビキの仕掛けに大きなボラが掛かると「あかん、ボラや」とがっかりした声を出していた。理由は「臭くて美味しくない」という評判が、実際のところはどうあれ釣り人たちに固く信じられたからだろう。固唾を飲んで竿先を見つめるその向こうの海面を何やら呑気にゆったりと泳ぎ過ぎてゆく様も、釣り人にとってはどこか癇に障るものなのかもしれない。
けれどもこのオニボラにだけは、いかにボラへの蔑みを刷り込まれてきた釣り人でもつい好意に満ちたまなざしを向けてしまうのではないか。黒く大きな胸ビレをピンと張って、黄色い尾びれを振りながら、砂浜の波打ち際や河口のごく浅場を群れゆく幼魚たちのかわいらしさは、人気者の多い南の海でもアイドル性において際立っている。「オニ」といういかつい和名が、この幼魚の可憐な姿と実にミスマッチで笑みを誘うのも好感度が高い。
淡水の小型熱帯魚の知識のある人なら、バタフライレインボーを始めとするプセウドムギル属のレインボーフィッシュに似ている、とすぐに思うだろう。実際、レインボーフィッシュたちは「トウゴロウイワシの仲間で、…系統的には海産魚のグループでありながら、固有淡水魚の貧層な淡水に侵入して生態的地位を確立した魚*」で、ボラとの間には類縁関係がある。はるか昔に歩みを違えたであろう魚たちが、それぞれ進化に進化を重ねてなおこの愛らしい雰囲気を手放さなかった。そしてそれが今、こうして人々に愛されている。
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*カラーポケットガイド『熱帯魚図鑑』松坂実・他著、マリン企画、1986年。