
ここ石垣島では海に入れば容易にチョウチョウウオの仲間に出会うことができ、その種類の多さゆえに僕は海中での識別には挑まずして降参している。それが釣りとなるとかれらと対面することは滅多にない。足下の岸壁にはひらひらと舞い泳ぐ姿が見えているのに、である。ポリプ食のチョウチョウウオ(サンゴはこのポリプが集まって体をなしている、その個々を食べる)はサンマの切り身餌に興味がないのか、それとも小さな口で器用に針をよけて餌だけ食べてしまうのか。
ところがこのトゲチョウチョウウオだけは時折針がかりしてくるのである。そもそも堤防周りの、サンゴはちらほら見られる程度といった環境によく馴染んでいるようだし、それはつまりポリプ食に偏らず色々なものを幅広く食べているということで、サンマの切り身にも躊躇なく食いついてくるのかもしれない。平べったい体は当然ながら水の抵抗を受けやすく、また「チョウチョウ」という儚げな名前には似つかわしくないしっかりと分厚い筋肉が付いているので、いわゆる「引き」はけっこうなものである。そして釣り上げてよくよく顔を眺めてみると、案外「魚魚しい(さかなさかなしい)」表情をしているのだ。普段は隈取りでなんとなくごまかされているけれど、「すっぴん」はなかなか、肉食魚めいた尖った目つきをしている。
そうして釣りでお相手いただくと、当然ながら水の中で出会ってもかれらのことはきちんと識別して「その節は」と挨拶できるようになる。チョウチョウウオの中では比較的大ぶりで、また「つがい」の2尾づれで泳ぐものが多いこの仲間にあってかれらはそういう姿を見かけた記憶がない。名前も尖っているし、「チョウチョウだからってお花畑にいると思うなよ」といったちょっと無頼な感じが好もしい魚である。