
若返りの秘法を知る人類は別として、生き物の年齢は確かに外見に刻まれる。年老いた魚のひれや鱗はあちこちが傷つき、ゆらいで、それが一種独特の迫力と色気を醸す。
定期的に殻を脱ぎ捨てているはずのエビカニたちでもやはりそうだ。特にヤシガニやノコギリガザミといった大型甲殻類の老成個体の輪郭は、摩耗してモヤモヤと微妙な歪さを見せながらもそれが完璧に美しく、中国の書家の筆跡か、あるいは樹齢何百年の盆栽の幹の捩れをすら髣髴させる。そこには年齢が、つまりその個体の上に流れた時間というものの積み重ねが確かに刻まれている。
だからフィールドで運よくかれらに出くわしたとき、それがいかに美味いものか再三聞かされているにもかかわらず、どうしても手出しすることができない。モンスター調の見た目や強靱な爪が怖いのは当然として、それ以上にかれらの背負う「時間」に恐れをなして、だ。だからヤシガニが意外な高さで身体を持ち上げ、爪を振り上げてこちらを威嚇しながら、バネの効いた脚で素早く草叢へ後ずさりしてゆくのを、こちらは腰の引けた姿でただ写真を撮って見送ることになる。口の中にほんの少し、蟹味噌の風味を思い浮かべつつ。
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ヤシガニは各自治体ごとに条例で保護されており、自由に獲って食べることはできません。ご旅行の際にはご注意ください。