
銛に抗う
3月、島でお世話になっているYさんからイカ狙いの電灯潜りにお誘いいただいた。電灯潜りというのは読んで字の如く、懐中電灯を持って夜の海に入り獲物を突く漁だ。夜の海はやっぱり気が怯むし、石垣島でも3月の海はまだ冷たい。それでも電灯潜りを見られるというのはまたとないチャンスなので、ご一緒させていただくことにした。
連日吹き続けた強風がようやく弱まり、Yさんから決行の連絡をいただいた。既に日の暮れた海岸に立つと、波はまだ荒い。それでも性能のいい懐中電灯のふんだんな光量に勇気付けられて、揉まれながら海に入った。
夜の海は一見静かで、目が慣れてくると実は賑やかだ。ノコギリダイやムスジコショウダイが眠る岩陰を覗いていると時折テリエビスが泳ぎ過ぎ、ストンと深くなったホールではアカマツカサの類が目を光らせて小さく群れている。
ふと気づくと、前を泳いでいたYさんの光の動きが変わっている。早くも獲物を仕留めたのだ。放たれた水中銃の銛に刺し貫かれた大きなアオリイカが、墨を吐きひれをはためかせ、腕を銛の柄に絡ませて抵抗している。水深2メートルに満たない浅場で波に揺さぶられ、僕はイカとの間に適切な距離を取ることができない。押されて近づき過ぎ、引っ張られて離れ過ぎ、なんとか体勢を保とうとバタバタしているうちにYさんはイカにトドメを刺した。透き通った青みの上に美しい黄土色を纏っていた胴体が、たちまち生命感のない白みに変わる。墨はしばらくその場にとどまって波に揺られていた。
3時間ほどYさんの後について泳ぎ、海から上がった。Yさんは手早くイカを捌くと気前よく分けてくださった。帰ってさっそく刺身で食べてみると、小さなクワイカと違って肉厚で甘い。銛の柄に巻きついていた腕の必死さを思い出しながら、こういうのには日本酒だなと、お猪口に冷や酒を注いだ。