2014年08月29日

タイリクバラタナゴ Rhodeus ocellatus ocellatus

Rhodeus ocellatus ocellatus

「血か情か」というのは、文学において(つまり、人間というものを考えるにおいて)永遠のテーマだ。
抗いようのない本質としての血と、絶えず移ろいながら常に心を支配する現象としての情。私の中で見るも無残に単純化された『ロミオとジュリエット』はその葛藤の物語だし、手塚治虫の漫画には異類婚も含めこのモチーフがよく登場する。現実世界でも、新生児の時に産院で取り違えられたまま60年ほども別の家族と共に生きてきた男性がニュースになっていた。文字通り血と情のはざまで、余人には想像もつかない心の揺れを経験されたのだろうと思う。

タイリクバラタナゴは、その「血か情か」の葛藤を人間に突きつける。

かれらは今や悪名高いブラックバスやブルーギルと同じ外来種で、日本の在来種であるニッポンバラタナゴと交雑してタイリクバラタナゴ化させる、というまさに「血の力」で自分たちの勢力を強めている。そのためにニッポンバラタナゴが絶滅の危機に瀕しているというのは、私の幼い頃の記憶によればブラックバスの脅威よりも早くから言われていたことだ。ブラックバスを駆除するのなら、タイリクバラタナゴの血もまた同じように駆逐されるべきものであるに違いない。

しかし同時にこのタイリクバラタナゴは実によく情に訴えかける魚で、ブラックバスのように分かりやすく「悪者」に仕立て上げることができない。見た目は在来のニッポンバラタナゴによく似ていて、日本の川を泳いでいても違和感のない類の美しさだし(これがトロピカルな極彩色ででもあればヨソ者感が出るのだろうけど)、そもそもタナゴという魚自体が今や失われつつある豊かな河川環境のシンボルとして、人によっては郷愁を呼び覚ますものですらある。意識が低いと叱られそうだけれど、私はたとえ外来種であろうとも、タナゴがいてくれる川がそこにあるということに気持ちが満たされてしまう。

ニッポンバラタナゴを絶滅の危機にさらす侵略者の「血」と、かれらが思い起こさせる豊かな自然への憧憬という「情」、そんな人類普遍の葛藤が横たわるのだから、この外来種の問題は一筋縄ではいかない。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
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