2014年11月07日

イトヨリダイ Nemipterus virgatus

Nemipterus virgatus

イトヨリは白身の高級魚で、調理法を調べると「身が柔らかいので蒸し物や軽く湯引きしての霜皮造りに向く」とある。けれどもスーパーや鮮魚店でこの魚を見るたびに心に浮かぶのは、さっぱりと薄味の出汁に浸った煮つけの姿だ。物心らしきものを持ち始めた3〜4歳のころに、白身の甘さがとても口当たりいいその煮つけの魚の名前を母に訊いて、「イトヨリやで」と返された曖昧な記憶がある。

記憶といってももう30年近くも前のことだ。何度も何度も頭の中の引き出しから取り出されたり仕舞われたり、他の記憶と組み合わされたりやっぱり切り離されたりするうちにすっかり蒸留されて、ほぼ純粋な「感情」だけがあとに残った。蒸留によって分たれなかった具体的な情景は、白い器に広がる煮汁の透明な黄金色と、ほんのりと品の良い桜色に鮮やかな黄色の線が映える皮、それに薄く脂の浮いた白身の断面ぐらいのもの。そこから、もっとも原初的な母への甘えであったり、その母が体調を崩したために時々家にやってきていた何人かの「お手伝いさん」への親しみや媚びや微かな不信感といった、総体としては名付けの難しい感情のかたまりがふわりと立ちのぼってくる。

きっとこの先さらに年を重ねていっても、この一連の特殊な感覚は、イトヨリを見るたびに意識的にであれ無意識にであれずっと心の中に呼び起こされるものなんだろうと思う。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
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