2014年12月05日

サヨリ Hyporhamphus sajori

Hyporhamphus sajori_141205

生気の抜けた虚ろな目のことを「死んだ魚のような」と表現するように、魚の生き死は目にとてもよく表れる。
釣り上げられたばかりの魚の目には溢れんばかりの表情がある。彼らが何を思っているのか分かるわけは勿論ないのだけれど、あるものは威嚇するかのように周囲を睥睨し、あるものは無念を滲ませて視線を落とし、またあるものは虚空を見つめて息を整えながら(整うことはないのだけど)何が起こったのかを理解しようとしているように見える。それらはすべて目の力だ。活〆された魚の目は見る見る表情を失ってただの白黒の◎になり、それとともに魚は感情の片鱗すらも感じさせない「オブジェクト」になる。

もう一点、死んでガラリと変わるのは体表の質感だ。この変化の程度は魚の種類による。
先週末、千葉は市原の海釣り公園でサヨリを釣った。生まれて初めて釣ったサヨリは30cmの良型で、たっぷりと厚みがあるのに柔らかく透き通った筋肉は早くもその時点で刺身を思わせ、珍しく釣った瞬間から食べるのが楽しみだった。入れ食いのカタクチイワシに埋もれてクーラーボックスの中で苦しんで死んでいくよりも、〆ておいた方が鮮度が保たれるのではないか。同行の江坂さんとそう頷き合うと、心を鬼にしてえらを引き抜いた。血液の送り先を失った心臓が慌てたように激しく脈打ち、それが止むと電池が切れるようにサヨリの目から表情が消え、細長い体躯が手の中でぐにゃりと力無くしなった。数十分後再びクーラーボックスを覗くと、ついさっき寒天菓子のように透き通っていたはずのサヨリは、ぎらりと銀色に光を照り返す青魚になっていた。それはもうすっかり、スーパーの鮮魚コーナーでよく見る食材としての魚の姿だった。

家に帰ってさっそく三枚に卸すと、背骨に沿って鮮やかな青緑色の線が走っているのが目に入った。これは何のためにあるもので、なぜこんなに美しい色をしているのだろう。釣り上げられたばかりのサヨリに満ちているあのみずみずしい透明感は、この青緑色の光がさまざまに反射しながら身を透り抜けて、体表に現れているからなのだと知った。


posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
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