2014年12月12日

堤防周りのフグたち genus Takifugu

genus_Takifugu
(左上)クサフグ:オリーブグリーン〜濃灰色の背に白い斑点
(右上)ショウサイフグ:白地に焦茶〜濃灰色の斑点
(左中)アカメフグ:灰紫〜赤銅色の地に疎らな斑点。目の赤さが目立つ
(右下)ヒガンフグ:灰緑〜濃灰色の背に黒い斑点
(左下)コモンフグ:焦茶〜濃灰色の地に白い斑点。ショウサイフグとは目の下の模様で見分けやすい


堤防の釣りにおいて、フグの仲間ほど不当な扱いを受けている魚はいない。

誰かの竿が大きくしなって、高揚感に満ちた活き活きと慌ただしいリールの音が辺りに響く。白い腹を見せてスポンと上がってきたのがフグだと、ひそかに固唾を飲んで横目で見ていた周りの釣り人たちの気配がふっ、と緩む。なあんだフグか―魚に対するネグレクトや釣った当人への軽い揶揄、狙いの魚で先を越されなかったという安心感、あるいは純粋な失望感。いずれにせよ、いい雰囲気のものじゃない。釣った本人も勢い込んでリールを巻いたのが恥ずかしくなったりして、舌打ちとともにフグをポイと海へ返す。フグの方は怒って膨らんでいるものだから海へ放られると丸い腹を上にしてしばらくプカプカ、そして思い直したように「プ」と水を吐くとずんぐりした尾を振ってブイブイと深みへ帰ってゆく。

きっと、食べられないからだろう。フグをはじめ、釣り針からうまくエサだけを掠め取る「エサ取り」の魚たちは総じて釣り人に嫌われるものだけど、たとえば最高級の白身と肝を持つカワハギなら、エサ取りであるがゆえの釣りの難しさも彼らの価値をさらに引き上げる方に作用している。けれどもフグは食べられない。食べられない魚がエサだけ掠め取るのだから、釣り人に好かれるわけがない。その風潮が、私自身にもすっかり沁みついている。勢い込んでリールを巻いた結果フグを釣り上げてバツが悪そうにしているさっきの釣り人は、私自身の姿だ。何か釣れましたか?と訊かれてフグと答えるときには必ず「いやぁダメですね、フグぐらいです」と言う。「フグがね、釣れましたよ!」と得意げには言わない。

だからいくらフグを釣っても、その見分けはいっこうに覚えなかった。クロダイとキチヌは見分けるし、カサゴとソイも別物と認識するけれど、フグは常に「フグ」でしかない。けれども、食べる釣りよりも見たり撮ったりする釣りにもっぱら傾倒するようになって、フグは「無価値な外道」ではなくなっていった。そして先日三戸浜の堤防で電気ウキを点けてすぐに釣れた大きなフグは、いつもの斑点柄のとは一見して違っていた。アカメフグ。夕陽の朱さが藍色の海面にとろりと溶けてすっかり薄暗くなった堤防の上で、フグの目だけが光を集めて燃えるように輝いていた。

改めて写真を見返してみると、ほとんどの釣行で一尾はフグを釣っているし、その種類も様々だ。面白い。見た目もユーモラスだし、どこの海にでもいるし、エサ取りは上手だけれどそれなりにミスして針にも掛かってくれる。こんなに楽しい仲間は逆にそういるもんじゃない。これからはフグを堂々と喜ぶことにしよう。きちんと○○フグ、と名前で呼んで、あちこちの海からコレクションしていくことにしよう。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
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