2015年05月22日

ヨロイメバル Sebastes hubbsi

Sebastes hubbsi

聞いた話では、朝釣り上げたクロダイのひれに生態調査のための目印を付けて海へ還すと、同じ日の午後同じ釣り人の針に再び掛かるということがまれにあるそうだ。一度釣り上げられた魚はショックでしばらく餌を口にしないものと思っていたけれど、そうとばかりも言えないものらしい。

さて水がぬるんで小魚たちも活発になったことだろうと、久しぶりに真鶴へ釣りに行った。いつものように岸壁沿いに仕掛けを落とし込んだ、その一投めから幸先よく魚が針に乗った。よしとばかりにぐるぐるリールを巻くと海面に小さな魚体が浮かび、そのまま引き揚げようとした次の瞬間、針がはずれてポロリと落ちた。あ、という間もなく、かれは身を翻して深みへと泳ぎ去った。

目に焼き付いたその姿は、茶とベージュのまだら模様に腹びれと尻びれのオレンジ色が鮮やかな根魚の体で、ヨロイメバルのようだった。だとすれば大好きなメバル属の、それもあまり見かけない顔との対面をみすみす逃したということになる。その口惜しさを処理しきれなくて、あれはハオコゼだったんだと何度も自分に言い聞かせた。けれどもさっきのシーンを幾度反芻しても、その姿は紛れもなくヨロイメバルのものなのだ。

ベラやネンブツダイが絶えず食い付いてくれてとても楽しい釣りだったけれど、心の隅では無念さが晴れないまま帰りの時刻が近づいた。えさの石ゴカイも最後の1匹になって、ならばと最初にヨロイメバルを逃したところへ戻って仕掛けを沈めた。電車の時間をジリジリと気にしながら竿を上下して誘いかけるのだけれど、なぜか最後の一投に限ってアタリがない。そうこうしているうちに釣り船が帰ってきてちょうど僕の前に接岸したので脇に避けつつ、いよいよ諦めようとしたところへブルブルと軽く心地好いアタリがきた。慌ててリールを巻くと、最後に来るんじゃないかとどこかで根拠なく期待していたヨロイメバルだった。釣り上げてから手の中に納めるまでのわずかな間にも、針がはずれてポロリと落ちるシーンが脳裡をよぎって汗が噴き出した。

一投めで釣りそこねた個体と同じであるかは分からないけれど、そう考えた方がドラマチックで心が躍る。ヨロイメバルを釣ったのは二度めのことで、前回は20年前の垂水港だった。その時は持ち帰って水槽に泳がせたらすぐにエビを丸呑みにした、その食欲旺盛ぶりに驚いたものだった。それがこの種の特性なのだとしたら、冒頭のクロダイのエピソードのヨロイメバル版だった、というのもあながち夢想とは言い切れない。

うわあと小声で叫びながらその姿を記憶と写真に大急ぎで焼き付けて、昂揚感を噛み締めながら釣り場を後にした。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: