
八重山旅行で出会った拓さんはまさに釣りの名人だった。八重山での釣りを愛するあまり、石垣の高校を選んで単身島に渡ったほどの人だ。魚にも人にも物静かに優しく接する拓さんの釣り姿は海に溶け込んでいるようだったし、海が拓さんを仲間として受け入れているようにも見えた。
台風の嵐が止んだ後、僕らは拓さんより一足先に石垣から竹富に渡って釣りをしたけれど、釣果は思わしくなかった。後から竹富へ渡ってきたはずの拓さんは夕方、大きなガーラ(オニヒラアジ)を手土産に僕らに合流した。竹富へ渡ってきたその足で、その日の海の様子を見てここだと狙いを定めた浜へ行き、あっという間に仕留めてきたのだった。
夜の宴は勿論、ガーラが主役になった。拓さんは鮮やかな手つきで見る間にガーラを捌いてサクを取ると、寿司を握ろうかな、と独り言のようにつぶやいて黙々と寿司を握り、その間に兜焼きと、アラとワタの潮汁を作った。みんなが歓声を上げて寿司を頬張る中、静かに泡盛を飲んでいた拓さんがふと、風が変わったな、雨が降るのかな、とやっぱり独り言のようにつぶやいた。そして10秒も経たないうちに本当に雨が降ってきた。
寿司を握りながら拓さんは「今日みたいに必要があって釣りをしている時は、いつも必ず海が釣らせてくれてきたような気がする」と言った。この人なら本当にそうだろう、と思った。