2015年08月07日

ウルメイワシ Etrumeus teres

Etrumeus_teres

マイワシカタクチイワシ、そしてこのウルメイワシの3種が、正統のいわゆる「いわし」だということになっている。分類上はこの3種を括ることに根拠はないのだけれど、Wikipediaもこの3種が「いわし」であるとはっきり言っているから、かれらを「いわし」と呼んで注意を受ける筋合いはないのだ。(たとえば「たい」などは要注意で、キンメダイやフエフキダイを「たい」と呼ぶと場合によっては刺すような注意を受けるかもしれない。)

名づけには大きく分けて2つの体系がある。
まずは分類学に基づく名づけ。何が同じで何が違うのか、どこがどれくらい違えば別の名が必要になるのか、ということを丹念に追究した学術的な名づけだ。
もう一つは、人々の生活の中から自然発生的に生まれてきた名づけ。いつ、どこで、誰がつけたか分からないが、古くからそう呼ばれているというものだ。分類学に基づいての名づけにおいても、名そのものはこうして自然発生的につけられたものから流用されることが多い。

これら2つの体系は、手法は違えど「目の前のものが何であるかを知るための名づけ」であることは同じで、木の枝のように分岐しながらそのものに関わる人にとって必要なレベルまで細分化されるベクトルを持っている。
「いわし」で言えば、マイワシ、カタクチイワシ、ウルメイワシの3きょうだいは分類学の枝では少し先端から離れたところで分岐してしまうけれど、生活に根差した名づけの枝では最も先端のところで仲良く3つまとまっている、ということになる。

分類学では常に科学的な根拠が示されるけれど、生活に根差した名づけには「人がそのものをどう見ているか」という視点が生々しく表れる。「いわし」は青物の小魚だけれどそれだけではなく、体が平たくあってはならなかったし(サッパやニシンが「いわし」ではないことから)、体にどこか頼りない柔らかさがなくてはならなかった(トウゴロウイワシが「いわし」ではないことから)。かれらを「いわし」と名づけた人々には、たとえ明文化されていなくてもはっきりとした「これはいわしで、これはいわしではない」という定義があったはずだ。

そんな「いわし」3きょうだいは、見た目に魅力ある魚たちだ。マイワシは「これぞ小魚」という均整の取れた美しい体型をしているし、カタクチイワシは独特の顔とか細い体つきがキャラクターじみている。そしてウルメイワシはスカイブルーのラインと滑らかで艶やかな体表が群を抜いて美しい。丸々と太った個体の曲線美は、その名の通り目の潤みとも相俟って色気がある、とすら言える。



posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
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