2015年09月04日

カタクチイワシ Engraulis japonicus

Engraulis japonicus 150904

この、ガラス細工のように繊細で壊れやすく、絹織物のようにしっとりと滑らかな小魚によって、無数の他の命が生かされている。夜の防波堤では、青い背中をびっしりと密集させて泳ぐかれらにタチウオやスズキが襲い掛かるのを何度も見たし、釣り上げた魚の口や胃袋から、半分消化されたかれらが出てくるのは決して珍しいことではない。

われわれ人間だってそうだ。
やわらかい釜揚げしらすに大根おろしを添えて、醤油をひとまわし。それを真っ白なごはんと一緒に頬張ることができるのは、かれらの個体数と味のよさのおかげだし、港にサビキ仕掛けを垂らせば、たとえ他の魚たちの食いが渋い日でも大きな口を開けて疑似餌に食いついてきてくれる。カタクチイワシが入れ食いになると、たいてい一度に5尾も6尾も連なって上がってくるから、正直なところ次第に飽きて面倒くさくなる。繊細なあごができるだけ傷まないようにと丁寧に針を外していたのが、少々手荒にブチリとやるようになるし、海面から上げたところで針が外れて逃げてしまっても惜しいとも思わなくなって、頭の片隅では「これ全部持って帰っても料理が面倒だしな…」などと考えている。実際カタクチイワシ大漁の日は台所に新聞紙を広げて、ふにゃふにゃつるつるのかれらと背を丸めて格闘することになるのだけれど、それを乗り越えた後の見返りはその手間と時間に見合って余りあるものだ。刺身でも、素揚げでも、梅煮でも、どうやってもおいしい。料理にはあんなに手間がかかったのに食べるのは一瞬で終わってしまって、もっと一生懸命釣っておけばよかったと後悔することになる。

カタクチイワシはたいていの人が知っている身近な魚だけれど、生きているかれらを手にしたことがある人となるとぐっと少なくなるかもしれない。かれらの繊細な身の震えは、なぜかサバやアジの逞しい筋肉の躍動よりもずっとずっと「命」を感じさせる。それはひょっとすると、このか弱い魚の向こう側に、この魚に支えられている無数の命を知らず知らずのうちに想像するからなのかもしれない。


posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: