2015年10月09日

“セイゴ” Lateolabrax japonicus

Lateolabrax japonicus_151009
“セイゴ”こと、スズキ Lateolabrax japonicusの幼魚。上はtuba奏者の高岡大祐さんに連れていただいて隅田川で釣った個体をモデルに、下は本文に登場する大阪北港の個体をモデルに。

小学生のころ、大阪南港の「かもめ大橋」下の小さな堤防へ、父と一緒によく釣りに行った。家から車で30分ほどの、一番手近で、その割には小物からタチウオまでいろいろな魚が釣れるところだった。

中学生になり、高校生になり、大学生になって親元を離れ、さらには卒業後東京に住むようになって、父との釣りは加速するように遠のいていった。この調子では、父と一緒に釣りをする機会はもうあと数えるほどしかないのかもしれない。時折、そういう焦るような思いが心をよぎった。

2010年、結婚を控え、一人で帰省する最後の夏に、数年ぶりに父とかもめ大橋下へ釣りに行った。あまり期待しないようにと自分にブレーキをかけながら沈めた仕掛けだったけれど、小さなセイゴたちがちらほらと針に掛かってきた。このセイゴたちのおかげで、父との久しぶりの釣りは成功だった。時にはケンカしてお互い不機嫌になったりしながらも毎週のように釣りに熱を上げていた、そのころの気持ちを蘇らせて確かに心に焼き付け直した。



それからも何度か機会を作って父とあちこちの懐かしい釣り場へ行ったけれど、思わしい釣果はなかった。20年経てば海の様子が変わるのも当然で、これは新しい釣り場を開拓しないといけないのかもしれない…と思い、つい先日の出張ついでの帰省の折に今度は大阪北港の舞洲へ行った。

北港と言えば、小学生のころに愛読していた「関西の防波堤釣り場ガイド」にはソイやアコウが期待できると書かれてあった場所だ。期待に胸を膨らませていったけれど、海は茶色くドロンとして生き物の気配があまりなく、釣り人たちもどこか気怠げ。その気配に呑まれ、背後の野外フェスから聞こえてくるラップの声にも当てられて、小一時間も持たずにすっかり集中力を失ってしまった。

陽も傾き、ボウズを覚悟してそろそろ引き揚げようとしたときだった。またも、父との釣りはセイゴによって救われた。トリックサビキにズラリと刺した爪の先ほどのイソメに食いついたセイゴは、手のひらの上で繊細に尖った背びれを全開にし、えらを膨らませて威嚇の表情をとった。きりりと反らせた小さな体に細かな鱗が整然と並び、夕暮れ時のぼわんと緩んだ太陽の光を少し青みがかった透明感のある色に変えて照り返していた。

父も嬉しそうにしていたけれど、本当はこのアタリは父に感じてほしかったな、と思いながら釣り場を後にした。


posted by uonofu at 18:00| Comment(2) | 魚の譜
この記事へのコメント
こんにちわ。
今年は大川の中の島付近でバス釣りをしているときにクランクベイトにセイゴが何度かかかってきました。
うちは父親自身釣りが好きではなかったのに、私は釣り好きなもんだからよく連れて行ってくれました。
Posted by alohaとみた at 2015年10月10日 07:43
こんにちは。セイゴは本当にどこにでもいて、釣り人にはありがたい存在ですね。
私も、子どものころは父が自分自身はさほど興味のない虫捕りに毎週連れて行ってくれました。
この年になって改めてそういった体験が今の自分を形作っているのだと思い知り、
親の愛情のありがたみを感じます。
Posted by 長嶋祐成 at 2015年10月14日 12:37
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