2016年08月12日

シマキンチャクフグ Canthigaster valentini

Canthigaster_valentini
シマキンチャクフグ Canthigaster valentini(左上)と、それに擬態するノコギリハギ Paraluteres prionurus(右上)、コクハンアラ Plectropomus laevis の幼魚(下)

シマキンチャクフグには毒があって、どう学習したのか賢明な捕食者たちは手を出さないらしい。それにあやかって、自らに毒はないけれどかれらの姿を真似ることで捕食者から逃れようという魚たちがいる。ベイツ型擬態と言うそうなのだけれど、ノコギリハギがシマキンチャクフグを真似るそれは全ベイツ型擬態の中でも相当ハイレベルなのではないかと思う。本当によく似ている。

ノコギリハギの完成度には及ばないけれど、他にもシマキンチャクフグを真似ているらしき魚がいる。成魚は1メートルにもなるコクハンアラの幼魚がそうで、初めて海の中で見た時は尾びれをひゅっとすぼめて体をカールさせる泳ぎ方までよく似ているのに感心した。それはシマキンチャクフグにも初めて出会った日のことだったから、真似る魚と真似られる魚が同じ場所にいるというのは当たり前のことではあるのだけれど、よくできた話だと可笑しかった。

擬態というものはつい「真似る・真似られる」の関係で語りたくなってしまうけれど、それはただ人間が特別な意味を付与しているだけで、そこで起こっているのは数千年、数万年の時間が経つうちに毒を持ったものと、たまたまそれに似たものが生き残ってきたというだけのことだ。
自然は常に、「理にかなった地点」に向けてゆっくりと流れている。そして「理」そのものもまた自然の流れに影響を受けて少しずつ姿を変えるから、この流れは止まることがない。その中で立ち現れてくる生き物たちのあり方のいくつかが、波が削り出した岩が偶然人の顔に見えるのと同じように、人間の「意味」の世界にきれいにはまり込む。そして、自然が経験してきた膨大な時間とそこで行われてきた淘汰の営みを、改めて思い起こさせてくれる。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
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