およそひと月半ぶりに海に入った。
夏は長袖に半海パンという楽な格好で泳いでいたのだけれど、8月後半にクシクラゲの類が大量発生しているのに出くわして、肌を露出して泳ぐのが怖くなった。そこでさっそくウェットスーツをオーダーしたのだけれど、その納品を待つあいだに、海に入るとき必要な「ちょっとした思い切り」を失ってしまっていた。そのまま9月をまるごとすっ飛ばし、重たくなっていた腰をようやく上げたのは10月に入ってのことだった。
海の様子は変わっていた。
夏場の浅瀬はいかにも有機物の多そうな、常に白く靄のかかったような濁り方をしていて、そのせいで風景はすべて白緑(びゃくろく)がかって見えたのだけれど、水は透明度と青みを取り戻していた。春に見た色だった。
魚が大きくなっていた。同じ個体に出会っているわけでもないだろうけど、コインのように小さくキラキラしていたアイゴの子たちは桜の葉っぱぐらいになっていたし、岩陰で用心深くこちらを見ながらホバリングするシロブチハタの子にも肉食魚らしい逞しさが出てきていた。
そして大きなサンゴの塊が点在する砂地で、他の魚の間をグンと駆け抜けたひときわ立派な魚影が、このツチホゼリのものだった。
春に見たのは手のひらよりふた回りほど小さな個体で、スズメダイの仲間に擬態しているのかなと思うような可愛げのある泳ぎ姿だったのが、すっかり怖いもの知らずの若者顔になっていた。
口もとの食べよごしみたいな斑紋が可愛らしい。ハタの仲間にしてはよく泳ぎ回り、こちらを気にして目をキョロキョロ動かすのがどこか人じみている。群青がかったシアンの青みに白をたっぷりと含む体色は、案外ほかの魚には見かけない。レモンイエローの尾びれをキュッと締める黒のエッジが、海底の白砂を背景によく目立つ。
その姿はとても目に心地好く、距離を保ってしばらく眺めたいと思っていたら、スイと呆気なく泳ぎ去ってしまった。
釣り上げた魚を手のひらに載せて、陽の光の下で眺めるというのは、魚をこちらの(人間の)フィールドで見るということだ。落ち着いて細部まで見ることができる。
けれども魚たちのフィールドである海の中では、自由に泳ぐ魚たちを視界に捉え続けるのも一苦労。でもだからこそ、一瞬一瞬の煌めきは、じっくりと眺めたとき以上に強烈に脳裡に焼き付く。ツチホゼリの泳ぎ姿は、その日久しぶりに見た海中の風景の中でもとりわけ印象に残った。
