
どんなときも灯りに満ちた都市の夜しか知らずにきたので、日ごとに表情が異なる島の夜に驚き続けている。厚く雲の垂れ込めた雨の晩はとろりと深い真暗闇になるし、満月が冴え冴えと顔を見せれば文庫本すら読むのに困らない。
11月の満月の頃、もっとも潮位の下がる真夜中にリーフエッジに立ったときの眺めは圧巻だった。風がなくぴたりと凪いだ海面が、空に満ちた月の光をそのまま映して仄かな薄紫を湛えている。空と島影と海とがなす、境界線の少し滲んだコンポジションは、さながらマーク・ロスコの絵のようだった。
ルアーを泳がせていると、クワイカの黒い影が2つ3つ、スルスルと足下まで追ってくる。ルアーを餌木に替えると、束ねたままの腕で様子を見るようについばんで、やおら抱きつく。ぐいと重みのかかった竿を立てるとイカはスポンと手の中へ、海には小さな墨の塊が残された。墨が危険を報せるのか、それが漂っているうちは他のイカが戻ってこない。仲間うちの意思疎通は巧みな生き物なのだ。夏に海の中で出会ったクワイカの群れが、縦に横にと見事に隊列を組み替えながら整然と泳いでいた姿を思い出した。