2012年11月02日

カサゴ Sebastiscus marmoratus

Sebastiscus marmoratus
抱卵したカサゴ Sebastiscus marmoratus

和歌山北港に海釣り公園があって、ここは岸壁の直下の水深が12〜15mほどもあり、普通の波止場よりもかなり深い。直下の海が深いと思うと、足許のコンクリートから海面までの距離も長く感じるし、背後の風よけの壁もそびえ立つように大きく感じた。

17〜8年前にここで丸々と肥えた大きなカサゴを釣った。引きが強い、というよりもただただ重たくて、細い短竿が真ん中からしなった。釣り上げて水を張ったバケツに入れた途端に、透明な体に目だけが黒いごく小さな仔魚が、丸い腹からびびびびびっ!と溢れ出た。深い海の底から引き上げられて、急な水圧の変化が刺激になったみたいだった。もとより食べるため、というよりは見るため、飼うために釣りに行っていたから、バケツの中で大息をつく母魚とピンピン泳ぐ仔魚をしばらく眺めていた。

カサゴは卵胎生の魚で、子はおなかの中で孵化して仔魚の姿で生まれてくる。仔魚はプランクトンのように小さい。それでも無防備な卵に比べれば多少なりとも生き延びる可能性は高くなるはずだから、カサゴのような卵胎生の種の方が卵生の種よりも栄える力が強いかというと、それはおそらくそんなこともない。卵生の魚は確率の低さを数で補おうとするし(マンボウは3億個の卵を産むという話をよく目にする)、卵胎生の魚は確率が上がる分、産仔数が母体のサイズの制限を受けて少なくなる。そのバランスが取れた種が、今日まで生き残っている。

親を単純に雌雄1匹ずつだとすると、一組の親から生まれて生き延びる子が2匹未満なら種は(個体数から見て)衰退してゆくし、2匹以上なら繁栄してゆく。卵生か卵胎生か、あるいは胎生かというのもあくまで一つの要素に過ぎなくて、さまざまな自然環境下で子の数が2匹を境としたどちらに転ぶかが種の運命を決める。人類の活動という地球環境に際立って大きな影響を与える要素を抜きにしても、生物種の繁栄と衰退はいつだって現在進行形で起こっている、あまりに大きくてゆっくりで人間には見えにくいだけで。その見えにくさは、宇宙とか時間とか、そういうものを考えようとした時の手の届かない感じに似ている。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
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