2013年01月25日

マイワシ Sardinops melanostictus

Sardinops melanostictus


節分といえば柊の枝に鰯の頭、ということになっている。それは確かに鬼も嫌がるであろう組み合わせで、柊の棘が痛いのは言わずもがな、イワシは脂が多いから七輪のような直火調理だと落ちた脂が焼けて目が痛くなるような鋭い煙とにおいが立ち込める。脂が多い魚でも、たとえばサンマのにおいには丸みがあるのに対して、イワシの煙とそのにおいには、彼らの細くて数の多い小骨がそのまま喉に引っかかるようなチクチク感がある。

イワシの煙というと思い出すのは京都、左京区の吉田神社の節分祭。一人暮らしの学生の頃、どういうきっかけであったか実家の両親がその祭りを気に入り、姉も一緒に二三年続けて詣でに来た。
山を登って行く参道には露店がぎゅうぎゅう並んで、中でもお気に入りが「七福神を中に詰めた小さな打ち出の小槌」と「金太郎いわし」だった。金太郎いわしは鳥居の麓の一等地に陣取って、発泡スチロールの小さなトロ箱にぷっくりとまるまる肥えたイワシを並べ、焼く煙で辺りを白く煙らせていた。トロ箱のイワシは500円で7,8尾は入っていたと思う。母に買ってもらって、ワンルームマンションの玄関の狭くて暗い台所で梅干し煮を作って食べた。

マイワシは漁獲量が年々減少して、じきに庶民の口に入らない「高級魚」になる、というのはもはや20年ほども前から言われていることのような気がする。そのせいというわけでもないだろうけど、子どもの頃、家ではマイワシを食べる習慣がなかった。ある年の節分に、母は大真面目に煮干しサイズの小さなカタクチイワシの頭を、マンションの植え込みで伐ってきた柊の小枝に挿していた。それはなかなかシュールで滑稽な光景だったけれど、ふざけているわけでも笑ってほしがっているわけでもなく、これはこれで理に適っていると頷かざるをえないものだった。その思考回路を形作る血が自分にも流れていると思うと、それは大変に誇らしい。


   
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
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