2013年03月01日

アサヒアナハゼ Pseudoblennius cottoides

Pseudoblennius cottoides
(上)アサヒアナハゼ Pseudoblennius cottoides
(中)アナハゼ Pseudoblennius percoides
(下)オビアナハゼ Pseudoblennius zonostigma


「雑魚」の定義の何たるかは知らないが、決して悪い響きじゃない。海の幸の豊かな土地では、市場やスーパーに名前のない魚たちが売られている。それがいわゆる「雑魚」だ。ただ「小魚」と印字されたラベルが貼ってあって、4〜5尾ぱらぱらっと入って150円ぐらい。倉敷のスーパーでは、テンジクダイがそうやって売られていた。
サイズが小さいし数も獲れないから、わざわざ別個の名前をつけて流通させるほどでもないけど、唐揚げやおみおつけのたねにするとそれなりにおいしい。それが「雑魚」だと思うと、魚のおいしい土地の人しか口にできないという希少価値すらあるような気がしてくる。

そこへゆくと、アナハゼの類は雑魚ですらないらしい。この魚の不人気というか、関心を持たれないという意味での「空気」感はなかなかのものだ。
大阪は泉南の、泉佐野の漁港での釣りでアサヒアナハゼがよく釣れた。カレイやハゼ狙いの投げ竿を巻き上げるといつの間にか釣れている。でも釣り人一般の文化としてこの魚を食べはしないし、カサゴに似た大きな口で餌をひと呑みにするせいか、大抵は釣り針をノド奥深くまで呑み込んで息も絶え絶えだから、飼うことも思いつかなかった。そしてフグやハオコゼみたいな嫌われ者でもないから、舌打ちするようなこともなくただ淡々と海に還していた。
カサゴに近い仲間だから、血筋的には食材としてのポテンシャルは十分なはず。でも食用にしては小さいし見た目があんまり良くない(特に、アナハゼには肉や骨が宇宙人みたいなエメラルドグリーンしてる奴がいて、いただけない)から進んで食べようとは思わない。オコゼほど醜悪になれば、背中の毒針も相俟って味との極端な対比が価値を生むけど、アナハゼたちの見た目の悪さは中途半端。実に存在感が薄い。

ネット上でもアナハゼに関しては、「これは何という魚ですか?」という話題が目につく。やっぱり、名前もあんまり知られていない。ネットがなかった子ども時分、図鑑で「アサヒアナハゼ」の名前にたどり着いても本当に正しいのかずっと自信を持てなかったのを思い出した。
でも今こうして改めてまじまじと眺めてみると、あれほど無関心でいたはずのこの魚が意外に懐かしく、なかなか綺麗とも思えてくる。今後海水魚の水槽を作ったらぜひ飼ってみたいけど、そうなったらきっとなかなか釣れない。世の中、そういうもんなのだ。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜
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