
メジナは関西では「グレ」と呼ばれて、「チヌ」のクロダイとともに釣り人に人気がある。両者がしばしば並び称されるのは、釣り人にとっての「大物」としての位置付けが似ているからだ。それにチヌ・グレという語呂の良さもあるし、あるいは撒き餌に米ヌカを使う特殊な釣りのターゲットとして、釣具店に並ぶヌカの袋にいつもセットで描かれていることも関係あるかもしれない。
けれども、彼らの魚としての魅力は好対照だ。
クロダイは、防波堤釣りの王様。
正真正銘のタイの仲間でありながら華やかさとは無縁の、削り出された鋼のように質実な輝き。釣り人と繊細な駆け引きをする慎重さと、突如簡単なサビキ仕掛けにかかる思いがけない大胆さ、それにスイカやコーンのような釣り餌にも食いつく好奇心は、高い知性を感じさせる。
港で人間の活動領域と隣り合わせに生きてきた魚らしく、どこか人を思わせる多面的な魅力に満ちている。
他方、メジナは小さな子どもの頃でこそ海水浴場脇のタイドプールやフェリーの繋留場なんかにひらひらと群れているけれど、本来は人間を寄せつけないような磯を棲み処とする魚だ。黒々とした岩肌を洗って逆巻く荒々しい渦に揉まれてきた体には、見るからにしなやかで頼もしく膨らんだ筋肉がついている。やや大きめの胸ビレは使い込まれたオールのように角が取れて滑らかで、細かな鱗の整然とした並びは水の抵抗が小さそう。実際、彼らの泳ぎはすいすいと軽やかだ。
釣り上げられたメジナの美しさもいい。張り詰めた体表は七宝焼のように艶やかで、深みのあるくすんだブルーからオリーブグリーンまで、海そのもののように様々な色味をまとっている。
スポーツ選手でたとえるなら、クロダイはここ数年のイチローだ。孤高の求道者のようで誰もに憧れられつつ、意外に人間味のある表情をふんだんに見せてくれる。メジナはプエルトリコのボクサー、フェリックス・トリニダード。しなやかで、リズミカルで、弾けるように強く、美しい肌を持っている。愛嬌のある童顔なところまで共通していて、魚をたとえるのにこんなにもピッタリな人が見つかるものかと我ながら驚いている。
メジナは縄張り意識強いみたいですね。『磯魚の生態学』という本、ムズカシイ学術本に見えて実は随筆的要素をふんだんに含んだ面白い本なんですが、導入部分がメジナのケンカについての話題だったと思います。
コトヒキなんかも相当イジワルらしいですが、それをも上回ってたんですね…