2021年07月29日

“ビタロー”(ハナフエダイ) Pristipomoides argyrogrammicus

Pristipomoides_argyrogrammicus

石垣島に移り住んですぐの頃、深海釣りの船に乗せてもらった。

船主のIさんは島人ではないけれど長年にわたり石垣の海に通い詰めている。釣りにも泳ぎにも長け、その活力は僕より四十以上もご年配だとはとても思えない。魚を獲りすぎることを好まず、ほどほどの釣果で切り上げたり、竿を出さずにただ魚探で海底探検しながら船を走らせるだけのこともある。知識や技術は確かなもので、時には島の海人も頼りにするほどだ。

その日の一投め、水深350メートルで釣れたのが“ビタロー”ことハナフエダイだった。“アカマチ”(ハマダイ)を期待したIさんは「ビタローやね」と少し拍子抜けしたように笑ったけれど、僕には初めて見る魚だったし、鮮やかな黄色と空色、朱鷺色のような淡いピンクが透明に重なり合う色彩に釘付けになった。しゃがみ込んで写真を撮る横で、Iさんは近くで操業しているらしい海人と電話していた。「どこそこの水深これこれぐらいで、ビタローがぼちぼち釣れてる」。ビタローという名の、いかにも土地に根ざした響きを心地好いものだと思った。

図鑑やネットを開けば地方名は調べられる。けれども「沖縄では〇〇と呼ばれる」という記述があったからと言って、石垣島でそう呼ばれているとは限らない。「沖縄」に含まれる文化はあまりにも多様で、一括りで考えること自体に無理がある。島内ですら呼び名は一つではないかもしれない。
移住まもない当時、知識としての地方名を徐々に頭に入れつつも、それを軽々しく口にすることは逆に文化理解の欠如を露呈するかもしれないという怖さがあった。

その点、島を敬愛し海人とも懇意のIさんの「ビタロー」は本物だった。響きの心地好さは、生身の、生きた地方名に初めて触れた安心感でもあった。
ビタローは本種を含む一部の小型フエダイ科魚類の総称だけれど、これ以来僕の中ではハナフエダイこそがザ・ビタローであり、スーパーの鮮魚コーナーでパッキングされた姿を見かけるたびに据わりの良さを感じている。


 
posted by uonofu at 01:03| Comment(3) | 魚の譜

2021年06月14日

タナバタウオ Plesiops coeruleolineatus

Plesiops coeruleolineatus

10月から3月までの半年間、石垣島では大潮の深夜になると普段は水没している沖の礁嶺へ歩いて出られるほどに潮が引く。大潮は月に2サイクル、満月と新月の前後にやってくる。満月ならば月明かりが海中にまで射し込んで、生き物たちの賑やかな気配が色を伴って見とおせる。新月ならばあたりは一様にべったりと闇に包まれ、頭上には星が、足下には青く発光生物が瞬く。

そんな礁嶺に点々と残されたタイドプールに懐中電灯を向けると、折り重なった枝サンゴの骨の合間にタナバタウオが見つかる。個体数は多く、どんぶり鉢ほどの小さな水たまりに2〜3尾がたむろしていることもある。初めて夜のサンゴ礁を歩いたときはその密度に驚いた。昼間は物陰に潜んでおり、水面から覗き込んでもその姿を見ることはなかったからだ。

そっと手網に追い込んでアクリルケースに移す。チョウセンブナやクテノポマ・アンソルギーといった一部の淡水魚を思わせるバランスの造形が目に心地好い。頭部に散らばる白い斑点とひれにあしらわれた青いラインは灯りを照り返し、小さな魚体の存在感を増している。お気に入りの石ころやかっこいい木の実を手にしたときのような充足感が、目とケースの間のわずかな空間に満ち満ちた。

珍しくはないと知って以来、深夜の礁嶺のみならず日中のゴロタ浜や漁港の石積みにもこの魚を期待するようになった。石やシャコガイの殻をそっと持ち上げると、突然訪れた異変に緊張する橙色の背びれが目に入る。岩の隙間に小針の仕掛けを沈めると、元気で愛らしい手応えとともにパカッと口を開いて釣り上がる。それらを見さえすれば、たとえ思い通りに魚と出会えない1日だったとしても、満足して家路に就くことができるのだった。


 
posted by uonofu at 02:32| Comment(3) | 魚の譜

2019年04月06日

ヒラテンジクダイ Ostorhinchus compressus

Ostorhinchus_compressus

石垣島に移り住んで3年になろうとしている。

こちらの魚を釣り尽くした、などと言うつもりはないけれど、だいたい同じような場所選びをして、だいたい同じような釣り方をしているわけだから、次第に「予想通り」の魚しか釣れないようになってきた。そこで最近は、これまであまりやってこなかった夜の港の小物釣りに熱中している。これは経験が浅いので、まだ次の一手で何が釣れるか分からず、魚が掛かるたびに新鮮な高揚感を味わうことができる。

とりわけ楽しいのがテンジクダイの仲間と出会うことだ。南西諸島の夜の港にはたいていこの仲間がたくさんいて、いずれも愛らしくかっこよく美しい。島によって微妙に主たる顔ぶれが異なるから、新しい場所で竿を出すたびにここでは何と出会えるだろうという期待感がある。大きさに似合わず積極的な肉食性だから、餌でもルアーでも簡単に釣ることができる。4年ほど前、まだ石垣に住むなど考えもしなかった頃にこの仲間を図鑑で調べて描いたのだけれど、今見返すとそのほとんどをその後実際に手にしている。

何が釣れても嬉しいのだけれど、見るたびにいつも必ず「おっ」と思うのがこのヒラテンジクダイ。僕が使っている絵具で言えば煤竹色のイメージなのだけれど、より性格には紫檀色というのか、紫がかった深い赤みの太い帯に、宝石のように輝く群青色の虹彩。この仲間の中でも、夜の港でヘッドライトに照らされた状態での美しさで言えばトップクラスだといつも思う。

以前イラストの仕事をした、海中で熟成させるワイナリー「CRUSOE TREASURE」の創業者のボルハさんにお会いしたとき、最近はどんな釣りをしてるの?と聞かれてこの話をたどたどしくした。彼が帰国する前に何か一枚絵をプレゼントしようと思い、描いたのがこれ。夜の港での美しさに加え、この一事でも僕にとって大切な魚になった。


 
posted by uonofu at 12:18| Comment(3) | 魚の譜

2018年05月19日

カンモンハタ Epinephelus merra

Epinephelus_merra_180519
場所によっては過半数の個体にイカリムシモドキの寄生が見られる(背びれ下2か所、腹びれの付け根1か所の黒くて細長いもの)

「長嶋さん、リーフの釣りは楽しいですよ。魚と水平に引き合うのは、上下に引き合う釣りとは少し違う体験です」−3年前の夏、僕を石垣島への旅行に誘ってくださった首藤さんがそう言った。その首藤さんがくださったご縁をきっかけに僕は石垣島へ移り住むことになり、いま、その言葉の意味を日々実感している。浅いリーフに足を浸けて、水の温度や岩のごろごろを感じながら魚と引き合っていると、自分と相手の魚というふたつの「個」が、同じ土俵でやりとりしているという気がしてくる。地上の人間が水中の魚を釣り上げるという対比ではなく、同じ水中でやりとりする彼我という構図。

そんなリーフの釣りでもっとも見慣れた顔が、このカンモンハタだ。岩場やサンゴの群落があればそこには必ずこの魚がいると言っても過言ではないし、獲物と見れば隠れ家から矢のように飛び出して食いつくので、ルアーが下手でも向こうから針に掛かってきてくれる。正直なところ、もはやカンモンハタという種に対する新鮮な感動はないのだけれど、この魚の面白さは個体変異の大きさにある。体色の濃いもの、薄いもの。網目模様が大ぶりなもの、細やかなもの。ハタとしては小ぶりでせいぜい25センチ前後だけれど、ときおりグンと体高のある立派な体つきのものがいるし、尾びれの先が微妙にギザギザと伸びるものもいる。この個性の多様さは、魚との「個」のやりとりというリーフの釣りの愉しみととても相性がいい。だからグンというアタリの後、大きな口を開けたこの魚がパカリと水面を割ると、またかと心の片隅で思いながらも肖像写真家のような気分で何回もシャッターを切ることになる。


 
posted by uonofu at 11:16| Comment(2) | 魚の譜

2018年03月08日

マタマタ Chelus fimbriatus

Chelus_fimbriatus

熱帯魚店通いにいそしんでいた小学校高学年〜中学生の頃、マタマタが売られているのを時折目にした。熱帯魚店では魚以外に爬虫類や両生類を販売しているところも多かったけれど、それらに興味がなかった僕はマタマタも眼中になかった。ただ「枯葉に擬態している、頭が三角形のじっと動かないカメ」だとしか思っていなかった。そもそも同じ「枯葉に擬態してじっとしてる枠」として我が家にはすでにバンジョーキャットというナマズがおり、その枠に関してはすでにお腹いっぱいでもあった。

それから20年以上が経ち、先日作業のBGMにとドキュメンタリー番組を見ていると、マタマタが取り上げられていた。それで初めてマタマタの顔を知って、にわかにこのカメの魅力に引き込まれてしまった。鼻先の尖った三角形のシルエットからなんとなく悪魔的な顔つきを思い浮かべていたのだけれど、予想に反してえらく可愛らしい顔をしている。この形の頭部につける目や口のデザインとしてはこれこそが最終的な答えだと納得させる、コンパクトにまとまった美しさもある。

そして捕食シーンがさらに良い。舌を疑似餌にするワニガメのようなわかりやすい面白さはなく、マタマタはただひたすらじっと魚の接近を待ち(あるいはじりじりとにじり寄り)、小魚が近づくといきなり口をガバッと広げて魚を吸い込んでしまうのだ。噛み付くのではなく、吸い込む。だからその瞬間、獲物ごと水を吸い込んだ首はパツンと膨れ上がっている。その造形の歪さというか、普通でなさに惹かれるのだ。人でも動物でも、生きる上で身につけた他者に抜きん出た能力や技術、その発露される瞬間の普通でなさには、とても色気がある。


 
posted by uonofu at 21:54| Comment(4) | 魚の譜