2017年08月11日

キビナゴ Spratelloides gracilis

Spratelloides_gracilis

6月の頭、初めて鹿児島を旅した。着いた日の夜はホテルに荷物を置いたらすぐに川の様子を見に行った。甲突川という川で、街頭に照らされた暗い水面には、ボラなのかコイなのか、時おり大きくてゆったりとした波紋が浮かぶ。土手を歩きながら何度かルアーを投げたけれど、それへの反応はなかった。気づけば河口近くまで来ていて、帰るにはまた3キロほど歩かねばならなかった。引き返そうと思うと急に胃袋に意識が向いて、ぐったりするほどの空腹を感じた。

居酒屋や小料理屋の看板がちらほらするあたりまで戻った頃には10時前になっていて、お店を選んでいる間につぎつぎ店じまいしてしまうんじゃないかと焦りが生まれた。折りよく煌々と灯りのともる焼き鳥屋に行き当たったので、ためらいなく入った。メニューにはキビナゴ料理がたくさんで、土地のものを食べられるいいお店に入ったとホッとした。焼き鳥やモツ煮と一緒に、キビナゴの刺身を頼んだ。

程なくして出てきた刺身は瑞々しく透明で、皮にはピカリと箔の輝きがあっていかにも鮮度が良く美味しそうだった。酢味噌をつけて口に入れると、他のどんな魚とも違うまさにキビナゴの、かすかな苦味と髪の毛のように細い小骨の舌触りが広がった。身は薄いのにザクザクとした歯ごたえがある。うまい。キビナゴといえば、子どもの頃に父と通った大阪湾でのタチウオ釣りの餌の印象が強かったのだけれど、この晩の刺身は僕に新たなキビナゴの記憶を刻み込んでくれた。たとえ釣れなくともこういう出会いがあるから、魚を求める旅はいつも楽しい。


 
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2017年08月04日

”クワイカ” Sepioteuthis lessoniana

Sepioteuthis_lessoniana_170804

石垣島で地元の人々がする釣りは、大きくは3つに分かれるようだ。
1.食べられる魚狙いの餌釣り
2.何でも釣れればいい子どもの餌釣り
3.エギでのイカ狙い

この中でとりわけ僕が「地元感」を感じるのは3のイカ釣りだ。夕方、仕事を終えた人々が港へ乗りつけ、イカ釣りを楽しむ。標準時子午線よりうんと西に位置する石垣島では、仕事上がりといっても十分まだひと遊びするだけの陽射しが残されている。作業着姿や、時には役所からそのままやって来たようなかりゆしウェア姿のおじさんが、夕陽に照らされてエギの竿を振るのだ。港の中では、小型のアオリイカである“クワイカ”が泳ぐのをよく見かける。調子の良いときなど、軽トラでやってきたおじさんがたちまち3、4ハイを釣り上げてあっという間に引き揚げたりするのだ。クワイカは小さいぶん旨味は弱いけれど、ビールや島酒のさぞいいつまみになることだろう。

クワイカのギョロリと大きな目は、仲間うちのコミュニケーションに役立っているらしい。水中で出会うかれらの泳ぎは実に美しく統制が取れていて、あるものが方向転換すると他の個体がそれに合わせて次々にその場で転回するさまは、よく訓練された艦隊のようだ。しかしその視野は水平方向に特化して発達したもののようで、上下への目配りは苦手なようである。腰まで海に浸かって釣りをしているときに、ルアーを追いかけて足下までやってきたイカは、ルアーをエギに付け替えた僕の動きにも気がつかず、沈めたエギにたちまち抱きついてくる。くいっという心地よい重みを味わいながら竿を立てると、水中に小さな墨の塊を残してスポンとイカが揚がる。その楽しさは魚釣りとはまた少し違った独特のもので、仕事あがりに港へと引き寄せられる人の気持ちもよく分かる。


 
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2017年07月28日

トゲチョウチョウウオ Chaetodon auriga

Chaetodon_auriga

ここ石垣島では海に入れば容易にチョウチョウウオの仲間に出会うことができ、その種類の多さゆえに僕は海中での識別には挑まずして降参している。それが釣りとなるとかれらと対面することは滅多にない。足下の岸壁にはひらひらと舞い泳ぐ姿が見えているのに、である。ポリプ食のチョウチョウウオ(サンゴはこのポリプが集まって体をなしている、その個々を食べる)はサンマの切り身餌に興味がないのか、それとも小さな口で器用に針をよけて餌だけ食べてしまうのか。

ところがこのトゲチョウチョウウオだけは時折針がかりしてくるのである。そもそも堤防周りの、サンゴはちらほら見られる程度といった環境によく馴染んでいるようだし、それはつまりポリプ食に偏らず色々なものを幅広く食べているということで、サンマの切り身にも躊躇なく食いついてくるのかもしれない。平べったい体は当然ながら水の抵抗を受けやすく、また「チョウチョウ」という儚げな名前には似つかわしくないしっかりと分厚い筋肉が付いているので、いわゆる「引き」はけっこうなものである。そして釣り上げてよくよく顔を眺めてみると、案外「魚魚しい(さかなさかなしい)」表情をしているのだ。普段は隈取りでなんとなくごまかされているけれど、「すっぴん」はなかなか、肉食魚めいた尖った目つきをしている。

そうして釣りでお相手いただくと、当然ながら水の中で出会ってもかれらのことはきちんと識別して「その節は」と挨拶できるようになる。チョウチョウウオの中では比較的大ぶりで、また「つがい」の2尾づれで泳ぐものが多いこの仲間にあってかれらはそういう姿を見かけた記憶がない。名前も尖っているし、「チョウチョウだからってお花畑にいると思うなよ」といったちょっと無頼な感じが好もしい魚である。


 
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2017年07月21日

テンジクダイ Jaydia lineata

Jaydia_lineata

妻の実家は皆早起きなので、僕が帰省の安心感にぐっすり眠って起きる頃には、場合によっては朝のうちにその日の夜ごはんの買い物を済ませてしまっていたりする。近所のスーパーは瀬戸内の海の幸が充実していて、早い時間だと地魚たくさんのトロ箱が並んでいるというのだけれど僕は見たことがない。

そのトロ箱の話題になったときに「イシカベリ」という名前が出た。まずもって地方名であることは分かるのだけれど、何を指しているのか分からない。あれこれ話を聞いて推測しつつ調べてみると、このテンジクダイのことなのだった。この仲間には「イシモチ」を名乗る魚が多いのだけれど、それらと同様大きな耳石を持っていることからの名付けらしい。へえ、食べたことない!と言うと、じゃあ今度出してあげようとお母さんが言った。

その帰省の次だったか、その次だったか、それとももっと後のことだったか。お母さんは忘れずにイシカベリの唐揚げを作ってくれた。生のイシカベリは小さくて頭でっかちで、いかにも身が少なく骨っぽい印象だったのだけれど、唐揚げはまるで違った。ふわりと柔らかい白身で、次から次へと箸が進む。少し印象が薄いほどあっという間に食べてしまったのだけれど、この小さな魚の頭とわたを丁寧に取り除いてゆく作業が面倒なものに違いないと気づいたのは少し後のことだった。お母さんが台所で背を丸めて下ごしらえしている、見ていないはずの後ろ姿が脳裡に残っている。


 
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2017年07月14日

ハクテンカタギ Chaetodon reticulatus

Chaetodon_reticulatus

サンゴ礁の海に入ると目の前で魚種が爆発する。特に火力の強いのがブダイ、ベラの類だ。種数が多い上に成長段階や雌雄で模様や体形が変わるので、都度図鑑をめくるわけにもいかない海中ではまるでお手上げになる。さらにかれらは動きが滑らかで素早いので写真に収めるのも一苦労、結局いつまでも「あれ、よく見かける気がするけど何だろう…」という状態が続くことになる。ハゼについても大体同じことが起こっている。

それと比べればチョウチョウウオたちはかなりマシな方で、それぞれハッキリと模様が違うし種数もある程度限られているから、少し気合いを入れて集中的に勉強すれば海中でもかなり見分けがつくようになりそうな気がする。「気がする」というのは、いまだにその努力を怠っているからだ。切り身餌の釣りで時々針がかりするトゲチョウや、卵型の体形が印象的なミスジチョウは辛うじて分かるようになった。名前のわかる魚に海中で出会ったときの心地好さや安心感というのは実にいいものだ。

そんな中、このハクテンカタギは初見でも名前が浮かぶぐらい特別で美しい見た目だった。ほとんどのものが黄色いこの仲間にあって、かれらは黒いのだ。着物の染めに因んで名付けられたユウゼンと並んで、黒いチョウチョウウオというのには際立った存在感がある。リーフエッジの深い青みの中で、チョウチョウウオの多くがそうするように「つがい」で連れだって泳いでいた。このつがいは一生、共に行動するものらしい。そこに人間的な意味づけをする必要はないと思うけど、やはりその絆の固さには心を打たれてしまう。


 
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