2017年05月05日

テンジクタチ Trichiurus sp.2

Trichiurus_sp2

少なくとも二十余年前の大阪湾では夏の終わりから冬にかけて堤防からタチウオを狙う夜釣りが盛んで、暮れなずむ頃になると港のそこここに電気ウキの灯りがともるのだった。赤い光がトプンと黒い波をかぶるたびに魚信かと腰を浮かしかける、それに飽きた頃にようやく本物のタチウオがゆらゆらとウキを沈める。少し離れた父親に「来た」と声をかけて、水中に滲むウキの光を固唾を飲んで見つめながら針掛かりを待つ。長い時には一分以上にも及ぶその時間の緊張と昂揚こそが、この釣りの醍醐味なのだった。

大人になって東京に暮らして、堤防のタチウオ釣りはすっかり縁遠くなった。東京湾のタチウオは船から狙うものなのだ。ところが昨年から移り住んだ石垣島では、やっぱり冬に堤防からタチウオが釣れるという。ルアーで狙うことをすすめてもらったけれど、あの電気ウキの昂奮が忘れられず、二十年前と同じ仕掛けを夜の港に浮かべた。赤い光が波をかぶるたびに腰を浮かしかけるところまでは同じだったけれど、結局本物のタチウオがウキを沈めることはなかった。

その後、タチウオとの再会は思いがけない形で実現した。いくら日の出の遅い石垣島とはいえ、朝マヅメと言うには陽の昇りすぎた午前八時の港で、ルアーに食いついたのが若いテンジクタチだった。革のベルトのような滑らかに硬質なしなり、鏡面仕上げされたステンレスのようでありながら見る間に傷付いてきらめきを失う体表の箔、釣り上げられた無念さを微塵も感じさせない無表情。出会い方こそ違えど、その姿は僕の気持ちを二十年前の大阪湾の夜へと一気に引き戻した。


 
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2017年04月28日

エラブウミヘビ Laticauda semifasciata

Laticauda_semifasciata

石垣の海にはウミヘビが多い。サンゴ礁にも、海草の原っぱにも、港の中にもいる。一度釣りをしていて足下の岩がゴソゴソいうので、隙間を覗くとヒョッと顔を出したこともある。シュノーケリングをして出会わないことの方が珍しく、今では文字通り蛇行して滑らかに進むかれらに付き従って泳ぐことにも慣れたけれど、初めのうちはこのシマシマを見るたびにぐっと緊張した。なにせかれらはあのハブよりはるかに強い毒を持っていて、万一噛まれるようなことがあれば一大事なのだ。

けれどもその強毒と、「コブラ科に分類されるヘビである」という事実から受けるイメージに反して、このエラブウミヘビはとてもおとなしい。こちらが近くにいても気にする風もなく海草の根元や岩の隙間を次々と覗いて何か食べ物を探しているし、海底のサンゴの陰で自分のしっぽにあごをのせるようにしてのんびり休むかわいい姿を見たこともある。ときおりまっすぐにこちら目がけて泳いでくることがあって狼狽えるのだけれど、かれらは視力があまり良くなく、こちらの姿が見えていないらしい。ゆっくりとフィンをあおると、鎌首をもたげるように立ち止まって(それがイメージ通りのヘビの姿で、ちょっと可笑しい)脇へそれてゆく。視力が良くないかわりに水の流れを敏感に受け取る器官が発達しているそうだ。

このエラブウミヘビで何といっても格好いいのは尾部の形状で、魚で言えば尻びれのあたりが平たく張り出していかにも泳ぎに適した形状になっている。僕はウミヘビが息継ぎをする姿が大好きだ。海底からやにわにまっすぐ水面へ向かったと思うと、海面から一瞬顔を出してひらりと身を翻す。その瞬間の、尾部が水を叩く動作の美しさは言葉に尽くしがたいもので、また悠々と海底へ潜ってゆくかれらの後ろ姿をただ惚れ惚れと見送ってしまう。


 
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2017年04月21日

ユメウメイロ Caesio cuning

Caesio_cuning

ユメウメイロとはなんと色気に満ちた名前であろうか。夢梅色、と漢字にしてみてもやはり目眩くような美しさがあるし、ゆめうめいろ、と口に出して言ってみてもそのゆらりゆらりとした雰囲気にえも言われぬ妖しさがある。

「梅色」という名付けの由来にはいくつかの説があるそうだけれど、ここは素直に「背中の黄色が熟した梅の実のようだから」というのに納得しようと思う。青みに黄色を背負うというこの配色パターンには本家というべきウメイロという魚がいて、また分類上はそれと異なるけれどよく似た魚にウメイロモドキというのもいる。そんな「梅色的」な配色の魚たちを呼び分けてゆく中で、どうしてこの魚には「夢」なんて抽象的なことばがくっついたのだろう。そういえばカサゴの仲間にもユメカサゴというのがいるぞ、と思って検索してみると、どこかの地方で昔から呼ばれてきた名前というわけではなく、明治生まれの魚類学者の田中茂穂さんの創作ではないかと出てきた。学者という距離感だからこその抽象的な名付けだとも、昔の学者さんらしく文理の別ない知性的な名付けだとも思ってしみじみ感心してしまった。

ユメウメイロについては誰がどういう思いで名付けたのかわからない。けれど確かに、この魚の実物の美しさというのは「夢」などという抽象的な表現に逃げるのもよしと思えるほどのものだ。幼魚は透明感のあるエメラルドグリーンに鮮やかな黄色。成魚は少し厚みのあるターコイズブルーに、頭まわりの群青〜薄紫色の合わせが心憎い。南の海の強い光の下でその部分に目を凝らしていると、黄昏時の薄暗がりの中で紫色の花が目にやたらと眩しいのと同じようなクラクラした感覚になる。もしもそれをとらえて「夢」と表現したのなら、それはそれは見事な言語センスだと思う。


 
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2017年04月14日

クルマエビ Marsupenaeus japonicus

Marsupenaeus_japonicus

〇〇が好き、と公言するのはなかなかによいもので、僕の場合はありがたいことに周りの方々が僕の魚好きをよくご存じくださっている。だから界隈では「あいつに魚見せれば喜ぶだろう」という認識をお持ちくださっていて、僕はその恩恵をいつもたっぷりと享受している。

義弟のシン君の場合はエビだ。眺めたり描いたりしようというのではない。彼は食におけるエビを深く、まっすぐに愛している。妻の実家に帰省するとそこでは誰もが「エビはシン君」だと思っている。お母さんのご馳走の中には必ずエビがラインナップされるし、エビフライであれエビチリであれエビ料理の大皿はシン君の席の前にどすんと据えられるのだ。そして食事も後半になってふと気づくと大皿のエビは残りわずかになって、素知らぬ顔のシン君の銘々皿にはエビの尻尾や殻が積み上がっている。

服飾の世界では縫製が丁寧で上手な人のことを「手が綺麗」と言う。それに倣えば妻のお母さんは料理において手が綺麗な人だ。魚介類は下処理の面倒なものも多いけれど、いつも完璧に心地よい歯ごたえ、舌触りに調理される。シン君がやってくる日の夕方、お母さんは台所でエビの殻を剥く。パチ、パキ、パカリ、と小気味好い音が、少し背を丸めた後ろ姿ごしに小さく聞こえてくる。傾いた陽の光が徐々に濃い影を落とす静かな部屋の中で、その淀みない一定のリズムを耳にしていると、お母さんが料理に対して注いできた長年の心づくしに少しだけ思いが至るような気がする。


 
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2017年04月07日

リュウキュウダツ Strongylura incisa

Strongylura_incisa

Strongylura_incisa_front

Strongylura_incisa_back

ダツの恐ろしさはよく知られている。灯りに向かって突進する性質があるため、夜の海でダイビングやボート釣りを楽しむ人のヘッドライト目がけて猛烈な勢いで飛び込んでくるのだ。そのことを初めて知ったのは小学生の頃で、ダツによる死亡事故がワイドショー的な午前のニュースになっているのを母と一緒に見たのだった。それ以来今日に至るまで、僕が夜の海に出かけると知ると母はいつも「ダツに気をつけて」と言う。あのニュースの鮮烈ないたましさはもちろん僕も共有している。

ここ石垣島では、リーフのほんの数十センチの浅瀬にも1メートルに及ぶような大きなダツがいる。日中のシュノーケリングでもダツの姿が見えると少し緊張する。なにせかれらが獲物を見つけたときの突進力は並外れている。リーフの表層をふわふわ泳がせているルアーに、大きなダツが数十センチも水面から飛び上がりながら襲いかかってくる。獲物から姿をくらませるために水面から飛び上がるのか、それとも興奮して突進するあまり飛び出してしまうのかはわからない。いずれにせよド迫力の眺めだ。

ダツのハンティングは、まずこの細長いくちばしで獲物の魚を横向きに捕える。その後少しずつ噛み直しながら獲物の向きを縦にして飲み込む。沖縄本島の泊港で、リリースした小さなテンジクダイにどこからともなく現れたダツが襲いかかり、この手順の一部始終を見ることができた。ただ、最初の突進で獲物を捕える確率はさほど高くもないらしく、ルアーに飛び込んできてもかすりもしないことも多い。またダツのくちばしは硬く、ルアーをくわえてもフックが掛からないこともよくある。

先日、干潮のリーフで大きなダツが掛かった。派手に水面から飛び上がり、僕を中心に糸の長さを半径とする円弧を描きながら泳いで抵抗する。鋭い歯で糸を切ってしまうこともあるから、ルアー失いたくなさに(切れないでくれ)と祈りながら格闘する。ようやく手元にまで寄せてくると、鋭いくちばしに怯んで今度は(こっち来るな)と思う。

くちばしを手網に絡め取るようにしてなんとか動きを封じ、写真を撮った。リュウキュウダツは、ダツの類の中でもとりわけ体形がかっこいい。肩から胸にかけて筋肉が隆起して盛り上がり、ウエストで急に細くなったと思うと背びれ、尻びれの付け根でまた幅広く筋肉が発達する。このとても機能的なあまり少し歪さを含んだような曲線のたまらない色気、何かに似ていると思ったらそれはエヴァンゲリオンの初号機だった。


 
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