2017年03月03日

“クワイカ”(アオリイカ) Sepioteuthis lessoniana

Sepioteuthis_lessoniana_170303_01

どんなときも灯りに満ちた都市の夜しか知らずにきたので、日ごとに表情が異なる島の夜に驚き続けている。厚く雲の垂れ込めた雨の晩はとろりと深い真暗闇になるし、満月が冴え冴えと顔を見せれば文庫本すら読むのに困らない。

11月の満月の頃、もっとも潮位の下がる真夜中にリーフエッジに立ったときの眺めは圧巻だった。風がなくぴたりと凪いだ海面が、空に満ちた月の光をそのまま映して仄かな薄紫を湛えている。空と島影と海とがなす、境界線の少し滲んだコンポジションは、さながらマーク・ロスコの絵のようだった。

ルアーを泳がせていると、クワイカの黒い影が2つ3つ、スルスルと足下まで追ってくる。ルアーを餌木に替えると、束ねたままの腕で様子を見るようについばんで、やおら抱きつく。ぐいと重みのかかった竿を立てるとイカはスポンと手の中へ、海には小さな墨の塊が残された。墨が危険を報せるのか、それが漂っているうちは他のイカが戻ってこない。仲間うちの意思疎通は巧みな生き物なのだ。夏に海の中で出会ったクワイカの群れが、縦に横にと見事に隊列を組み替えながら整然と泳いでいた姿を思い出した。


 
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2017年02月24日

ナキオカヤドカリ Coenobita rugosus

Coenobita_rugosus

初めて石垣・竹富を訪れた2年前の夏、浜という浜はどこへ行っても小さなヤドカリでいっぱいだというのが小さな発見だった。砂を踏んで歩いてゆくと、足下でざわざわ動いていた小さな貝殻たちが次々慌てたようにうずくまる。そしてこちらがそのまま息を潜めていると、またそこらじゅうもぞもぞと動き始めるのだ。当時は東京に住んで、週末ごとに三浦半島や東伊豆の地磯を巡っていたから、けっしてヤドカリというものが物珍しかったわけではない。けれども視界の中で一度にこれほどたくさんが動いているのは初めての経験だった。

ヤドカリという生き物にあまり注意を払わずにきたもので、こうして足下を歩いているヤドカリたちが関東の海にいるのとはちょっと違うなと気がついたのは少し経ってからだ。この子たち、水に入らずに陸を歩いてばかりいるけど、三浦の磯のはけっこう水の中にいるよな。それにこの子らは殻に引っ込むと爪と脚できれいにフタをするけれど、三浦のはこんな引っ込み方してたっけ…

かれらがオカヤドカリという仲間だと教わったのはその後のこと、そして日本で見られるオカヤドカリの「すべて」が天然記念物であって、簡単に言うと「触っちゃダメ」だと教わったのはそのさらに後のことだった。そうなると何とはなしの近寄りがたさを感じて、こんなに身近にたくさんいるのにそのまま興味を深めずにきてしまった。けれどもこのほど愛に満ちたオカヤドカリ本を購入し、また絵に描くことにもなったので、よく見ようと浜へ探しに出た。本体も背負う貝殻もバリエーションに富んで、眺め飽きない。爪をひっかけて案外スムーズに流木を登ったかと思うと、転げ落ちて岩陰に慌ただしく駆け込んだりする。そんな姿はユーモラスで愛らしい。

絵に描こうと思えば貝殻と本体両方を相手にしなければならず、どちらも描き慣れた魚とは質感が違うこともあって「一粒で二度苦しい」。けれども改めてこの仲間の魅力に触れて、世界が少し広くなった喜びを感じている。


 
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2017年02月17日

マダイ Pagrus major

Pagrus_major_170217

先の年末、岡山の妻の実家でのんびりと午後を過ごしていると、車で30分ほどのところに住む伯母さんが鯛を持って訪ねてきた。顔つきに凄みが漂い始めているほどの、立派に大きく育った鯛だった。

夕方、筆洗の水を汲もうかと台所を覗くと、お母さんがまな板の上の鯛を前にどこから刃を入れようかと思案している。この大きさだ、背骨はさぞ硬いに違いない。お母さん、僕切りましょうかと声をかけると、いい?ごめんね、と言いながらまな板の前を譲ってくれた。差し出された少し小ぶりの出刃包丁の柄を握ると、使い込まれてしっとりと穏やかな木の質感が、右手の平にひたり、と収まった。

あかがね色の皮に刃を下ろすと、かすかに吸いつくような感触とともに滑らかに吸い込まれて、すぐに背骨がそれを受け止める。そのままぐいと力を入れるけれど、骨は少したわんだだけでびくともしない。大丈夫?ーはい、やっぱり硬いですねと話をしながら、握りこぶしで峰を叩くとドスンと切れた。心地よい切れ味だった。お母さんの手によく馴染んでいるであろう愛用の包丁だけれど、僕の手を拒むようなところは少しも感じなかった。料理に対する心尽しが、形になって手の先に現れているような包丁だと思った。そうして背骨つきの半身をいくつかに切り分けて、初めて料理を手伝った子どものように晴れがましい気持ちでお母さんに包丁を返した。

鯛は煮付けになった。例によって食卓はご馳走いっぱいのオールスターで、普段は四番を張って当然の鯛ですら、隅で多少控えめにしている。これおれが切ったやつだ!とまた子どものように誇らしく思いながら、カマの部分を銘々皿に取り上げた。煮汁に浮いた脂をうっすらと纏った身はぷっくりと膨れつつふわりとして、これぞ鯛という味が確かに舌の上に広がった。


 
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2017年02月03日

ホタルイカ Watasenia scintillans

Watasenia_scintillans

母と姉は茹でたホタルイカが好きで、子どもの頃よく食卓に上っていた。僕はそこに添えられた「辛子酢味噌」が食わず嫌いで(頭の中で辛子と酢と味噌を混ぜてみたときに、それがおいしいという想像がどうしてもつかなかった)長らく手をつけずにいたのだけれど、高校生の終わり頃に何かのきっかけでホタルイカのおいしさを知ったらしい。大学生になって一人暮らしをして、毎食自分の食べるものを自分で決めるということを初めて経験した僕は、よくバイト終わりにボイルのホタルイカを買って帰っていた。遅い時間のスーパーに売れ残っているホタルイカには鮮度に当たりハズレがあって、何度か立て続けにハズレを引いて失望するまでそのホタルイカ熱は続いた。だからいまだにホタルイカといえば、京都は今出川通りの小さなスーパーの、夜9時を回って空きが目立ち始めた生鮮の陳列を、仕事帰りの人たちが少し疲れた雰囲気で眺めている様がありありとまぶたに浮かぶ。

そんなわけで僕の知っているホタルイカはもっぱらボイルされた臙脂色のもので、生の実物にようやく出会ったのは6年前、妻の両親が東京へやって来たときに連れていってもらったお寿司やさんでのことだった。目の前に並んだのは透明感のあるただ小さな普通のイカで、箸でつまみ上げると青く光る液体が滴り落ちる…わけはなく、電池を思わせるケミカルな味がする…わけもまたなく、小さな七輪でさっと炙るとボイルのものよりあっさりとして品のいい味がした。

会社員時代の同僚で富山の海のそばを出処とする友人は、産卵期のホタルイカが接岸して浜に打ち上げられるのをよく獲りに行ったということだ。「ホタルイカといえば基本ボイル」の僕が描いたこの絵の出来は、彼女に一度判定してもらわなければならない。


 
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2017年01月27日

ワカサギ Hypomesus nipponensis

Hypomesus_nipponensis

わかさぎ、とはなんと瑞瑞しく美しい名前だろう。

「名は体をあらわす」という思考を僕は好きだけれど、この名付けはまさにこの魚の有り様をたった四つの音で言い表している。引っかかるもののまるでない、すらりとした輪郭。どんな水景に置いても周りに溶け込んでしまいそうな透明感。キラリとしつつも金属的な硬さを感じさせない、丸みを帯びた光沢。表情は無垢な美しさで、たとえば不安と逞しさが同居するマイワシのような魅力とは少し違う。

食においてもそうだ。この魚には、口の中で食べられることに抗うようなところがまるでない。わかさぎの天ぷらは骨もわたもそのままなのに、丁寧に下ごしらえされたキスのように柔らかく歯を受け入れ、舌に触れる。箸につまんで口へ運ぶ時に、これほどまでに身構える必要なく全面的に信頼できる魚も珍しい。

以前入ったお蕎麦屋さんの天ぷらのメニューに「公魚」とあり、何だろうと調べてみるとこのわかさぎのことだった。江戸時代、御公儀に献上されたことからこの字が充てられたらしい。この献上品に舌鼓を打った将軍の気持ちはよく分かるし、こんな晴れがましい充て字をわかさぎのために喜びたい気持ちもあるけれど、この瑞瑞しく透き通った小魚には少しそぐわない気もする。語源は「わかい(若い/幼い)さぎ(細魚)」ということだ。僕がお蕎麦屋さんをするなら、メニューには少し気取って「若さぎ」と書きたい。


 
posted by uonofu at 18:00| Comment(0) | 魚の譜