2017年09月29日

アオリイカ Sepioteuthis lessoniana

Sepioteuthis_lessoniana_170929
銛に抗う

3月、島でお世話になっているYさんからイカ狙いの電灯潜りにお誘いいただいた。電灯潜りというのは読んで字の如く、懐中電灯を持って夜の海に入り獲物を突く漁だ。夜の海はやっぱり気が怯むし、石垣島でも3月の海はまだ冷たい。それでも電灯潜りを見られるというのはまたとないチャンスなので、ご一緒させていただくことにした。

連日吹き続けた強風がようやく弱まり、Yさんから決行の連絡をいただいた。既に日の暮れた海岸に立つと、波はまだ荒い。それでも性能のいい懐中電灯のふんだんな光量に勇気付けられて、揉まれながら海に入った。
夜の海は一見静かで、目が慣れてくると実は賑やかだ。ノコギリダイやムスジコショウダイが眠る岩陰を覗いていると時折テリエビスが泳ぎ過ぎ、ストンと深くなったホールではアカマツカサの類が目を光らせて小さく群れている。

ふと気づくと、前を泳いでいたYさんの光の動きが変わっている。早くも獲物を仕留めたのだ。放たれた水中銃の銛に刺し貫かれた大きなアオリイカが、墨を吐きひれをはためかせ、腕を銛の柄に絡ませて抵抗している。水深2メートルに満たない浅場で波に揺さぶられ、僕はイカとの間に適切な距離を取ることができない。押されて近づき過ぎ、引っ張られて離れ過ぎ、なんとか体勢を保とうとバタバタしているうちにYさんはイカにトドメを刺した。透き通った青みの上に美しい黄土色を纏っていた胴体が、たちまち生命感のない白みに変わる。墨はしばらくその場にとどまって波に揺られていた。

3時間ほどYさんの後について泳ぎ、海から上がった。Yさんは手早くイカを捌くと気前よく分けてくださった。帰ってさっそく刺身で食べてみると、小さなクワイカと違って肉厚で甘い。銛の柄に巻きついていた腕の必死さを思い出しながら、こういうのには日本酒だなと、お猪口に冷や酒を注いだ。


 
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2017年09月22日

メバル属の幼魚たち Sebastes spp.

Sebastes_spp
(上段左から) シロメバル S. cheni / ムラソイ S. pachycephalus / キツネメバル S. vulpes
(中段) クロソイ S. schlegelii / エゾメバル S. taczanowskii / タケノコメバル S. oblongus
(下段) シマゾイ S. trivittatus / ヨロイメバル S. hubbsi / オウゴンムラソイ S. nudus


同じ分類群に属するきょうだいのような魚たちを、並べて描き比べてみたい。その興味が、魚の絵にのめり込んでいったきっかけのひとつだった。そしてそれを満たすのに、このメバル属の魚たちは最高の相手だった。ハードルの低い堤防釣りでバリエーション豊かな面々に出会える可能性があり、その面々は格好良さと美しさ、いかつさと愛嬌を絶妙なバランスで備える点で共通しつつも、顔つきや体型、色彩には確かに個性の主張がある。

だから東京にいた頃の僕の釣りは、この仲間の魚に出会うことが常に最大の目的で、それはかれらをさがし求める旅そのものだった。小物狙いの僕が手にするのは小さなものばかりだったけど、煌めく魚体を手にしたときの感動は、時間と空間の座標の中にしっかりと居場所を張って僕の記憶に深く刻まれた。

風の吹きすさぶ真冬の堤防で釣友と防寒着を着て震えながら、あるいは連休にはるばる足を伸ばした賑やかな漁港の片隅で、はたまた会社仕事の出張の夜中にホテルを抜け出して辿り着いた岸壁で。そこに至るまでのすべてが−−子どもの頃の記憶までを含め−−ぎゅっと凝縮して込められた出会いの数々は、僕の人生全体を通して見ても実にかけがえがない。


 
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2017年09月15日

バタフライフィッシュ(パントドン) Pantodon buchholzi

Pantodon_buchholzi

小学校高学年から中学校にかけて、熱帯魚に夢中になった。近所のショップには足繁く通い、週末になると遠方の有名店へ車で連れて行ってもらい、毎月10日の発売日には専門誌を欠かさず買った。
それほどまでに熱中しながら僕には「センス」がなかった。魚に関して気が多く浮気者で、「む!」と思うたびにそれが欲しくて居ても立ってもいられなくなった。その結果、水槽の中は一応混泳可能な小型魚が乱れ泳いで雑然を極め、魚を眺めるのは楽しいのだけれど「世界観」を演出する楽しみはまるで得られないものになった。

僕の「欲しがり」はさらにエスカレートし、肉食魚や大型魚が飼えないことにウズウズした不満を感じ始めた。中学生の僕はかろうじて真っ当な自制心を備えていたらしい。そこで無理矢理に大型魚の幼魚を買ってしまうというようなことはせず、代わりに「MAX10センチのアロワナ」「4センチまでにしかならないピラニア」といった「夢の魚」をチラシの裏に描いて気を紛らわせていた。そんな時にフト気付いたのが、バタフライフィッシュこそ「10センチのアロワナ」であるということだった。

バタフライフィッシュはアロワナ目に属し、確かにその顔つきはアロワナを髣髴させる。のみならず、通り名の由来となった大きな胸びれやフィラメント状に伸長する腹びれ、全体的にガサガサとした鎧のような鱗は、小さくとも古代魚の貫禄に満ちている。そんなわけで僕はさっそく混泳水槽にこの小さなアロワナの親戚を迎え入れ、水面の流木の陰にじっと佇む姿を飽かず眺めた。現実のものになった「夢の魚」に対する愛着は、それから20年が経った今でも色褪せずに心の内にある。


 
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2017年09月08日

ダツ、二種 Needlefishes

needlefishes
(上) オキザヨリ Tylosurus crocodilus crocodilus
(下) リュウキュウダツ Strongylura incisa

ダツと総称される魚には何種かが含まれるのだけれど、石垣島でよく見かけるのはオキザヨリとリュウキュウダツ。この両者はいずれも島をぐるりととりまく浅い海でごく普通に見られ、一ヶ所に両方の種が同居していたりもするのだけれど、大きく育つにつれうっすらとした棲み分けの傾向めいたものが生じてくるように感じる。オキザヨリと出会うのは河口域やリーフ外縁で、リュウキュウダツはリーフ内側の穏やかなイノー(礁池)に多い。前者は潮の干満によって流れが生じるような場所を好み、後者はその度合いが低いということかもしれない。

初めてリュウキュウダツの大型個体を手にした時は、見事に筋肉が隆起した肩と腰(つまり胸びれ付近と背びれ・尻びれ付近)に驚いた。浅いイノーを自在に泳ぎ回る小魚に瞬発的に突進するには、このような筋肉が必要なのかもしれない…というのは素人の単なる想像遊びだけれど、理由があってこのような体型になったことは間違いないだろう。自然の説得力を色濃く感じさせる、問答無用に美しい姿だった。すっかりこの魚のことが好きになった。

リュウキュウダツが好きになると、同じダツの仲間のオキザヨリも大型個体を手にしてみたくなった。図鑑で見るオキザヨリは、どうやらリュウキュウダツのように筋骨隆々とはしていないらしい。その違いを肌で感じて、描き分けてみたい。そう思い始めた頃から、不思議とそれまであまり釣れなかったオキザヨリがよく針に掛かるようになった。そして波照間島の西岸で、興奮すべき大捕物の末にとうとう手にしたのが1メートルのオキザヨリだった。かっこいい!それまでメリハリの効いたボディラインから「リュウキュウダツ推し」だったのが、オキザヨリのしなやかな筋肉と硬質な輝きにすっかり魅せられてしまった。嘴が少し短めで、胴長なバランスも美しい。素人の想像遊びをもう少し続けるなら、オキザヨリが河口やリーフ外縁の渦巻く流れに揉まれながら獲物を追うには、極力水の抵抗を少なく、武器である嘴も小回りが利くよう長すぎない方がよかったのではないか。

科学的な論考は専門の方にまかせるとして…あちこちの海に潜って眺めた水中の風景や、立ち込んだ足に感じる水の流れ。それらの体感と、魚たちとの出会いを重ね合わせて、自然の説得力に思いを馳せるのは本当に楽しい。


 
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2017年09月01日

オニカマス Sphyraena barracuda

Sphyraena_barracuda

2015年の秋、画家の友人を頼って訪れた南伊豆の漁港で、アカカマスの入れ食いを目にした。食い気の立った群れがバシャバシャと水音を立てて、地元の釣り人が投げる金色の小さなスプーンに食いついている。獰猛で、スピーディで、動的な群れをなす。それまで食卓でしか馴染みのなかったカマスというものに、僕が初めて抱いた印象はそういうものだった。

ところが、石垣島に移り住んで深く付き合うようになったこのオニカマスは、その印象とは少し違ったところに魅力がある。オニカマスは群れを作らず、マングローブの根や浜に点在する岩の陰に身を潜め、通りかかった獲物に(つまり僕のルアーに)瞬発的に突進する。だから南伊豆で見たようにバシャバシャと複数の水音が立つようなことはなく、ただ「スパッ!」とか「ガバッ!」という単発の水音が辺りに響く。オニカマスがそうやってルアー付近の水面を切り裂く音は、たとえそれまで釣れる気配がなくボンヤリよそ見しながらリールを回していたとしても、一瞬で全身のすみずみにまで心地よい緊張をもたらすものだ。魚を騙そうとルアーを泳がせつつも、いつしか自分自身の意識が釣り竿と糸を伝ってそのルアーにまで浸透してしまい、魚に襲われる気持ちになる−−ルアーを使ったこの釣りの醍醐味を、オニカマスの突進は余すところなく味わわせてくれる。

ただ一方で、オニカマスはルアー釣りの対象魚としてさほど人気のある方ではない。その理由はひとつには「諦めの良さ」にあるのではないか。ルアーをくわえたオニカマスは、その突進の勢いのままに強烈に横走りしたり時には水面から飛び上がったりするのだけれど、その威勢の良さは長続きしない。たいていの場合かれらは途中で抵抗するのをやめてしまう(というより、短距離走の選手のようにそもそも短いスプリントを前提とした突進なのだ)ので、釣り人はあとはただ重たい魚体を引きずるように巻き上げることになる。ルアーに食いついた魚が何なのか分かっていなかったとしても、巻き上げる途中で無抵抗な重さになれば「ああ、オニカマスか」と判断がつくぐらいのもので、そうやって水面に銀色の細長い魚体を認めた時にはどこか微笑ましいような気持ちになる。


 
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