2017年01月13日

赤くておいしい魚 Delicious red fishes

delicious_red_fishes
(上から)”のどぐろ”ことアカムツ Doederleinia berycoides
”きんき”ことキチジ Sebastolobus macrochir
キンメダイ Beryx splendens
アカアマダイ Branchiostegus japonicus
”アカジン”ことスジアラ Plectropomus leopardus


おいしいともてはやされる魚はたいてい赤い。”のどぐろ”に”きんき”、金目鯛。沖縄ならば”アカジン”、”アカマチ”。

なぜおいしい魚は赤いのか。素人くさい推論を二、三挙げてみることはできる。
ひとつ、魚が持っている赤の色素は主に甲殻類から摂取したものだという。であれば赤い魚ほどたくさんエビカニの類を食っているわけだからさぞうまかろう、という説。これはさすがに単純すぎて真実味があまりない。ふたつ、赤は水深が増すにつれ最初に見えなくなる色であり、それゆえ深い海の魚が保護色として往々身に纏うものである。と同時に、深い海の魚には低水温や高水圧に耐えるため身の脂が多くて旨いものが多い。それゆえおいしい魚は赤いという説。

これらの説はいずれも一片の真理を含んではいるかもしれないけれど、科学的・論理的な正しさの証明はなかなか難しいところだろう。けれどもここでもうひとつ、「赤はおいしく見える色だから」というのには反論をねじ伏せるような力がある。そうなのだ、赤はそもそもおいしい色なのだ。

ヒトに「赤はおいしい色」と教えたのは植物だろう。ピーマンやらゴーヤやら、緑のうちにバリバリ食べてしまうようになったのはヒトの味覚が発達しすぎたからで、元来の野性は「緑=まだ触っちゃダメ」「赤=さあ持っていけ、種を広めよ」と教えていたはず。真っ赤に熟れた柿やトマトには、歯を突き立てて果肉をむさぼりたい!という狂暴な欲求を掻き立てるほどの魅力がある。

だから赤い魚たちにとって、ヒトに付け狙われることはまさに異世界から降ってきた災難そのものだ。同じくしてクロダイは高貴な血筋を持ちながら、赤い肌をもつ兄のマダイのような地位に祭り上げられることは、生まれつきいかんともしがたく「ない」ものと定められている。


 
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2017年01月06日

青魚、六種 Blue-back fishes

blue-back_fish
マイワシ Sardinops melanostictus/カタクチイワシ Engraulis japonicus/サッパ Sardinella zunasi/マサバ Scomber japonicus/コノシロ Konosirus punctatus/サンマ Cololabis saira

「おれ、長嶋さんは青魚だと思いますよ」と言ってくださった方がある。僕が青魚っぽい、という意味ではなくて、僕の絵は青魚に「良さ」がある、という意味だ。

確かに、魚を描きたいと思った原点はマサバの背の美しさと顔の可愛さにある。青魚の魅力は結局その2点に帰着するのではないかと思う。様々な階調の透明な青と金属光沢が織りなす体表のきらめき。弱さ脆さと前向きな楽観が同居する独特の表情。

圧し潰されそうに広大な青の空間の中を、けぶる背景に身をとけこませた群れがゆく。身を潜めるもののない海で、死ぬまで途切れることなく続く過酷な旅だ。けれども群れを動かしているのは、互いを頼り合う不安の気持ちではなく、むしろ逞しく健気な無頼なのではなかろうか。青魚たちの楽観含みの顔貌を見ていると、そんな心のありようがかれらの生きざまを支えているんじゃないかという気がしてくる。そんなことに思いを寄せながら描く魚たちにもし僕の絵の良さがあるのだとしたら、それほど嬉しいことはない。

 
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2016年12月30日

ホシマダラハゼ Ophiocara porocephala

Ophiocara porocephala

石垣島で見られるハゼの仲間は本当に膨大で、釣りをしても海に潜ってもそこらじゅういろんな姿をしたハゼだらけ。それを調べようと『決定版 日本のハゼ』(瀬能宏監修、平凡社、2004年)を買ったのだけれどこれがまたドカンと分厚く、目当てのハゼに辿り着くのにひと苦労する。

そんな多彩な顔ぶれの中でも、「ハゼらしくなさ」と「石垣島らしさ」を併せ持って一際目立つのがタメトモハゼとホシマダラハゼ。特にこのホシマダラハゼは、南米のタライロンに似て古代魚の風格を備え、大きく口の裂けた風貌とドロリと渋い鱗の色はマングローブの川底に潜む肉食魚に似つかわしい。

初めてこの魚を釣って見せてくださったのは、石垣島の釣り名人のOさんだった。欄干から見下ろした流れに佇むホシマダラハゼをしとめた、華麗なルアーさばき。それを目の当たりにしたおかげで、その後ぼくもあちこちのポイントでこの魚の顔を見ることができた。がばっ、とルアーに食らいついてひとしきり暴れるのをいなし、ずしりと重い魚体を引き寄せてくると、濁った水の中から斜めにこちらを睨む大きな頭が現れる。その姿にいかにも貫禄があり、少しサイズ不足ながらこの魚こそをマングローブの「ぬし」と呼びたくなってしまう。


 
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2016年12月23日

ヤライイシモチ属、三種 Cheilodipterus spp.

Cheilodipterus_spp
(上から)ヤライイシモチ Cheilodipterus quinquelineatus
リュウキュウヤライイシモチ C. macrodon
カスミヤライイシモチ C. artus


黒潮に面した暖かい海の磯や堤防で小物釣りをしていると、テンジクダイの仲間によく出会う。スズキを寸詰まりにしてグンと縮めたような体形やギョロリとした顔つきには、肉食魚の遠慮ない活潑さがある。他方、薄くて硬くて大ぶりな鱗にワサッと包まれた身はいかにも脆くて、か弱い小魚の風もある。釣り人には雑魚としてあまり喜ばれないけれど、そんな異なるイメージが同居する、独特な魅力を持った魚たちだ。

そしてそんなギャップの魅力は、このヤライイシモチの類において極まっていると言えるかもしれない。
釣り上げて手のひらに横たえると、開いた口から覗く鋭い牙のような歯が目をひく。ことに大型になるリュウキュウヤライイシモチ(18センチにもなるらしい!)の歯が長い。シャープな体形とも相まって、アフリカの猛魚タイガーフィッシュをそのまま小さくしたかのような風格すら漂っている。
それでいながら、ひとたび引いて見ればこの魚のすぐ壊れてしまいそうな繊細さはどうだ。鱗は薄く透き通って、辺りの光を細かく分解してきれいに並べ直して送り返してくる。口やえらやひれは細工物のようで、少し手荒に扱えばすぐに割れたり外れたりしてしまいそうだ。バケツに放すと体を斜めにしてただ浮かんでいる。そんな姿はいかにも頼りなげで、「タイガーフィッシュの風格」などという言葉はまるで似つかわしくない。

そんな魅力あるヤライイシモチの類だけれど、僕には少し心ざわつく事情ができてしまった。石垣島は伊原間の港でこれを釣った直後、肩にかけていた一眼レフのストラップが突如切れてあっという間もなく海に沈んでしまったのだ。カメラの沈んだ海面にいつまでも立ちのぼってくる細かな泡と、手に残ったリュウキュウヤライイシモチ。この時の何とも言いようのない複雑な気持ちの塊は、長く忘れられそうにない。


 
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2016年12月16日

クロホシフエダイ Lutjanus russellii

Lutjanus_russellii

憧れの魚を求めて、初めての土地を巡る。それ以上に心躍る旅はない。石垣島の家主のKさんは、満月の夜のリーフで生き物たちを探し歩きながら「このために生きてるな、と思うね」と噛みしめるようにおっしゃった。それにおそらく近い感覚、その時間を過ごしているあいだじゅう常に深呼吸の流れが全身くまなく行き渡っているような充足感を、僕はそんな旅に抱いている。

「憧れの魚」と言っても、秘境に潜む幻の魚というわけではない。僕が憧れる魚はいつも普通種で、港で釣りをしている子どもたちのバケツに入っているような魚だ。けれどもそれが狙うとなると意外に難しい。この土地の、この港の、こんな雰囲気のところなら出会えるかもしれない。そう当たりをつけて、初めての土地でバスに乗り、人びとの暮らしの気配が潮の香りとともに漂う港を巡ってゆく。

いま憧れているのがこのクロホシフエダイ。けっして稀種ではなく、本州の太平洋岸から南の海に広く分布しているようなのだけれど、石垣島ではまるで見かけない。どうやら沖縄本島や九州や四国や、つまりは黒潮のより下流側のほうが可能性が高いと見て、秋の初めに那覇周辺を巡ったけれど空振りだった。憧れの魚はこの手にとって見るまで描かない、というのが軽いポリシーだったけれど、憧れのまま一度形にしておくのもいい。次に描くときには、手の上の魚体の感触から出会った港の気配まで、そのすべてを絵に込めてみたい。


 
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