2016年12月23日

ヤライイシモチ属、三種 Cheilodipterus spp.

Cheilodipterus_spp
(上から)ヤライイシモチ Cheilodipterus quinquelineatus
リュウキュウヤライイシモチ C. macrodon
カスミヤライイシモチ C. artus


黒潮に面した暖かい海の磯や堤防で小物釣りをしていると、テンジクダイの仲間によく出会う。スズキを寸詰まりにしてグンと縮めたような体形やギョロリとした顔つきには、肉食魚の遠慮ない活潑さがある。他方、薄くて硬くて大ぶりな鱗にワサッと包まれた身はいかにも脆くて、か弱い小魚の風もある。釣り人には雑魚としてあまり喜ばれないけれど、そんな異なるイメージが同居する、独特な魅力を持った魚たちだ。

そしてそんなギャップの魅力は、このヤライイシモチの類において極まっていると言えるかもしれない。
釣り上げて手のひらに横たえると、開いた口から覗く鋭い牙のような歯が目をひく。ことに大型になるリュウキュウヤライイシモチ(18センチにもなるらしい!)の歯が長い。シャープな体形とも相まって、アフリカの猛魚タイガーフィッシュをそのまま小さくしたかのような風格すら漂っている。
それでいながら、ひとたび引いて見ればこの魚のすぐ壊れてしまいそうな繊細さはどうだ。鱗は薄く透き通って、辺りの光を細かく分解してきれいに並べ直して送り返してくる。口やえらやひれは細工物のようで、少し手荒に扱えばすぐに割れたり外れたりしてしまいそうだ。バケツに放すと体を斜めにしてただ浮かんでいる。そんな姿はいかにも頼りなげで、「タイガーフィッシュの風格」などという言葉はまるで似つかわしくない。

そんな魅力あるヤライイシモチの類だけれど、僕には少し心ざわつく事情ができてしまった。石垣島は伊原間の港でこれを釣った直後、肩にかけていた一眼レフのストラップが突如切れてあっという間もなく海に沈んでしまったのだ。カメラの沈んだ海面にいつまでも立ちのぼってくる細かな泡と、手に残ったリュウキュウヤライイシモチ。この時の何とも言いようのない複雑な気持ちの塊は、長く忘れられそうにない。


 
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2016年12月16日

クロホシフエダイ Lutjanus russellii

Lutjanus_russellii

憧れの魚を求めて、初めての土地を巡る。それ以上に心躍る旅はない。石垣島の家主のKさんは、満月の夜のリーフで生き物たちを探し歩きながら「このために生きてるな、と思うね」と噛みしめるようにおっしゃった。それにおそらく近い感覚、その時間を過ごしているあいだじゅう常に深呼吸の流れが全身くまなく行き渡っているような充足感を、僕はそんな旅に抱いている。

「憧れの魚」と言っても、秘境に潜む幻の魚というわけではない。僕が憧れる魚はいつも普通種で、港で釣りをしている子どもたちのバケツに入っているような魚だ。けれどもそれが狙うとなると意外に難しい。この土地の、この港の、こんな雰囲気のところなら出会えるかもしれない。そう当たりをつけて、初めての土地でバスに乗り、人びとの暮らしの気配が潮の香りとともに漂う港を巡ってゆく。

いま憧れているのがこのクロホシフエダイ。けっして稀種ではなく、本州の太平洋岸から南の海に広く分布しているようなのだけれど、石垣島ではまるで見かけない。どうやら沖縄本島や九州や四国や、つまりは黒潮のより下流側のほうが可能性が高いと見て、秋の初めに那覇周辺を巡ったけれど空振りだった。憧れの魚はこの手にとって見るまで描かない、というのが軽いポリシーだったけれど、憧れのまま一度形にしておくのもいい。次に描くときには、手の上の魚体の感触から出会った港の気配まで、そのすべてを絵に込めてみたい。


 
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2016年12月09日

グアムカサゴ Scorpaenodes guamensis

Scorpaenodes_guamensis

いわゆる内地の港では、足下の岸壁沿いや消波ブロック周りに潜んで小魚やエビを食べる肉食魚の地位は、ソイやカサゴの類が担っている。僕はかれらいわゆる根魚たちの姿が大好きだったから、そういう場所ばかりを狙ってあちこち釣り歩いたものだった。

ところが石垣島へやって来てみると、同じような環境で幅を利かせているのはハタの仲間やメギスたち。ソイやカサゴの、いかにも肉食魚というつくりながらもクリクリした目や頬の膨らみに愛嬌ある顔立ちにはすっかりお目にかからなくなり、少し寂しく思っていた。

それがある晩、堤防の足下に沈めたサンマの切り身に食いついてきたのがこのグアムカサゴだった。1センチ四方の身エサも口に入りきらないほどの小ささ。そこでは同程度のハタの子も時折釣れていたので、一瞬そうかなと思ったのだけれど、懐中電灯に照らされた小さな魚体はハタよりもずんぐりとしていて、頭や口の周りにツンツンと棘や皮弁のようなものが飛び出していた。確かに、カサゴの類の姿形だった。

釣り上げたその時はなんという種か分からない。とにかく久しぶりに見たこの据わりよい体形にすっかり舞い上がって、バケツの中で手にとって何枚も何枚も写真を撮り、少し迷った挙句持ち帰ることにした。ひょいと手ですくって水槽に放すと、すぐにサンゴの陰に身を潜めた。初めてヨロイメバルを釣って、やはりその格好よさに惹かれて持ち帰ったおよそ20年前の兵庫県は垂水での釣りのことを、久々に思い出した。

この魚がグアムカサゴという名前であることと、背びれの棘には毒があって刺されると痛いということを教わったのはその後のことだった。うーん確かにこの背びれにはなかなかの毒々しさがあると、サンゴの陰の小さな魚体を眺めながら冷や汗を拭う思いだった。


 
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2016年12月02日

アカマツカサ Myripristis berndti

Myripristis_berndti

家主のKさんと一緒に、真夜中のリーフへ出た。
満月の大潮の、干潮。潮は引ききっている。それに波風がなく水面はガラスのようにピタリと静まって、透明なエビのせわしない脚の動きまでがくっきりと見えるほど。11月の八重山は北風が吹いてしばしば荒れるというけれど、その夜はKさんの滞在を天が慮ったかのような好条件だった。浜に立つとむき出しになった岩が黒々と眼前に広がり、ところどころの潮溜まりに夜空が映っている。はるか沖の方に、何かを漁り歩く人の灯が見える。

僕は釣り竿を持ってリーフエッジに立った。目の前は凪いだ海面と黒い島影、月明かりが滲む空。マーク・ロスコの絵みたいな静けさだ。水中でチカリチカリと何かが光っている。懐中電灯を向けると、ビルの屋上に立っているかのように足下からストンと落ち込むリーフの崖に沿って、赤い魚がガラス玉のような大きな目に光を受けつつキビキビ泳ぎ回っているのが見える。

ルアーをそのまま真下に沈めると、すぐにガクンとアタリがあった。平たい体をぐんぐん振っているのがよく分かる引きをいなしてリーフエッジから引き上げたのは、立派なアカマツカサだった。ついこの間、繊細な工芸品みたいだと惚れ惚れ眺めたヨゴレマツカサの幼魚と同じ仲間ながら、いま目の前で半身を水に浸して岩に横たわるこのアカマツカサの、生々しいまでの逞しさはどうしたものだろう。それは生き物が溢れ、競い合い、食いつ食われつし続けているこの海で、大人になるまで生き抜いてきた魚の顔だった。


 
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2016年11月25日

ヌノサラシ Grammistes sexlineatus

Grammistes_sexlineatus

ヌノサラシは皮膚から毒を分泌する魚で、それを初めて知った子どもの頃は同じ水槽の魚をバタバタ殺してしまう恐ろしい魚のイメージだった。実際、それに近い話を何かで読んだような気もするのだけれど、そういう情報はとかく独り歩きする過程で過剰に強調されやすい。本当のところはどの程度強い毒を出すものなのだろうか。

海の中でも、タイドプールでも、釣りでもこの魚と出会った。昔抱いていた恐ろしい毒魚のイメージとは異なり、ハタの仲間らしからぬコロンとした体型の実に愛らしい魚だ。縄張りを持つ魚の多くと同じように、海の中で近づいてゆくと岩の隙間やコンクリートブロックの陰で踏ん張った顔つきをしてしっかりこちらに向き直る。その背びれの前の部分だけがピョンと朱くて(未成魚の特徴らしい)よく目立ち、薄暗がりの中でもこの魚であると知れる。

皮膚から分泌されるのは粘液毒で、それで海水が泡立つので英語ではsoap fish(石鹸魚)と言うらしい。ところがヌノサラシを釣り上げて手にしてみると、泡立っていなくともこの魚自体がそもそも石鹸みたいなのだ。つるりと丸くて表面は滑らか。毒魚らしい自信の表れか、手の中でも少し体を反らせてみるぐらいであまりジタバタせずにおとなしくしている。どの程度泡が立つものかとゴシゴシ擦り合わせてみる…ようなことはさすがにせず、ポチャンと海へ還すと短い尾を振って深みへ消えていった。


 
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