2016年11月18日

ノコギリダイ Gnathodentex aureolineatus

Gnathodentex aureolineatus

与那国島の岸壁で、最も頻繁に釣れたのがこのノコギリダイだった。

石垣島の岸壁釣りで見られる魚の顔ぶれも一通り出揃ったかな、と思っていたところだったので、与那国ではどんな新顔に出会えるかと楽しみにしていた。だから初めて見るノコギリダイが嬉しかったのは間違いないのだけれど、同時に物足りなさがあったのも事実だった。僕がたまたま出会っていなかっただけで、石垣の海にも確かにいるはずの魚だからだ。

落ち着いて考えれば、与那国と石垣との間の距離はわずか120kmほど。海の雰囲気は随分と違うけれど、ごく当たり前につながった海だ。そこに暮らす魚たちの相が大きく異なるわけもなく、「石垣島と与那国島」という違いで捉えるよりも、「同じ海のうちの、環境が異なる港」で釣りをしていると考える方が自然なのだと思い至った。そしてこの捉え方は、台湾、フィリピン、インドネシアと黒潮の経路を遡って考えてゆくときにも、ひとつの核になるものなのだと思った。

ノコギリダイについて、同行していた写真家のNさんは「あれは水中で大きな群れを作るからね、群れがいたんだろうね」と言い、僕の石垣島の家の主のKさんは「あれは胃の中から面白い貝がよく見つかるんですよ」と言った。さすが、八重山の海に長らく精通している方々は、魚ひとつとっても頭の引き出しから様々な情報がさらりと溢れ出てくる。


 
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2016年11月11日

ヨゴレマツカサ Myripristis murdjan

Myripristis_murdjan

お誘いいただいて、与那国島へ2泊3日の旅程で釣りに出かけた。

島の海岸線の大半は険しい崖で、白波がドウドウと砕けて溶け込んでいく真っ青な海には何十キロという大物がうろついている…そんな海にありながら、僕はいつもどおりの小物狙いに終始した。宿をとった久部良の漁港はすぐ足下に見える魚も多彩で大ぶり。そして深夜でも未明でも、真っ暗な海で小魚たちがどんどん釣り針に食いついてくるのが嬉しかった。普通、闇の中では夜行性のものといえどもそんなに次々と釣れはしないものなのだ。

そんな中でとりわけ印象に残ったのがこのヨゴレマツカサだった。
コロンとした体形に、硬質な輝きを放つ鱗が整然と並んでいる。手のひらに載せたとき、繊細な職人のつくった工芸品のようだと思った。博物館のガラスケースの中におさまっている螺鈿の印籠のようなものが頭に浮かんだ。懐中電灯の光をうけてじっとしている様子もまた、シンとした展示室の気配を思い起こさせた。

けっして与那国でしか見られない魚だというわけではない。けれども、このヨゴレマツカサと夜の港で出会えただけでも、この島へ来た価値は十分にあったと思った。


 
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2016年11月04日

“メッキ”四種 Young trevallies

young_trevallies_161104
(上から)ギンガメアジ Caranx sexfasciatus / ロウニンアジ C. ignobilis / カスミアジ C. melampygus / オニヒラアジ C. papuensis

この平たい魚たちはいずれも南方系の大型のアジの仲間で、幼魚時にはその金属的な光沢から「メッキ」と総称されている。夏には黒潮に乗って関東の海まで(茨城県の大洗でもこの魚を見た)やってくるから、大阪で釣りをしていた子どもの頃には、本州に居ながらにして南の海の魚に出会えるということで憧れの対象だった。

石垣島では港でも砂浜でも、海の魚がいるようには思えない小さな川でも、この魚たちに出会うことができる。メッキはあくまで総称であって、ここに描いたもの以外にもそう呼ばれる種はいるのだけれど、まずはこの4種がメジャーどころと言って差し支えない。

4種の幼魚の見分けは以外に難しく、釣りをしているとよく悩まされる。精確には形質をきちんと見定める必要があるのだけれど、数見るうちになんとなく「雰囲気」の違いは分かってきた。人ごみの中で知人の顔を見つけられるのと同じことだ。「左右の眉の始点と鼻の頂点を結ぶ直線の長さは、左目の幅の1.4倍で」などと精確に確かめなくとも総体を見てその人物だと判断がつくが、「他人の空似」には対処できない…その程度の確かさでの見分けはつくようになった。

まず、「ギンガメアジとロウニンアジ」「カスミアジとオニヒラアジ」はそれぞれ似たもの同士だ。

前二者の光沢には細かなザラつきがある。たとえるなら包丁の砥ぎ面のようなギラリとした質感で、鱗の並びにかすかな乱れがあるのかどうなのか、その光沢の中に一粒一粒の鱗の光が見える。そして口が大きい。これはあくまで僕の経験上だけれど、ギンガメアジとロウニンアジは口の後端が目の中心線の直下か、それより深くまで至っている。

一方の後二者、カスミアジとオニヒラアジの光沢は表面に透明感があり、薄い箔のような…やや極端に言えばタチウオのようなつるりとした質感に見える。そして鱗の一粒一粒は目立たない。口は小さくやや前に突き出しており、後端は目の中心線より前方で終わっている。

ここまでで2グループに分けられれば、あとは二者択一なのであまり悩まずに形質を含めた総体で判断がつく。
●ギンガメアジ…体は細長くてシャープ、えらぶた上方の側線開始地点あたりに黒点あり、腹びれ・尻びれ・尾びれ下葉は黄色く色づき、尾びれの後端は黒く縁取られ、ぜいごは黒っぽい
●ロウニンアジ…体は体高があり、目から口の距離が長く、ぜいごは特に色づかない
◯カスミアジ…胸びれが黄色く、背びれ・尻びれがうっすらと青みがかる
◯オニヒラアジ…尻びれ・尾びれ下葉が黄色く、えらぶた上方の側線開始地点あたりに白斑あり

こうしてぱっと見である程度の確度をもって見分けがつくようになって、この仲間と出会うのがますます楽しくなっている。


 
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2016年10月28日

オジロバラハタ Variola albimarginata

Variola_albimarginata

初めて船の上からジギングというものをした。
金属の塊そのものの重たいルアーを、ただ沈めてはぐるぐる巻き上げる釣りだ。つまりルアーは垂直方向に泳ぐわけで、そんな不自然な動きで本当に釣れるのかと思うのだけれどこれが滅法釣れるらしい。
船は石垣島で潜水漁をされる伝説的な海人の方のもの。潜って魚を突くのには僕はとても付いていけないので、船上で待っている間に釣りをさせてもらうことになったのだ。

船長に「いいぞ」と言われて、海面にドボンとルアーを落とす。多少の波はあるけれどもいたって穏やかな海で、ずっしり重いルアーは透き通った水の中を一直線に海底へ…と思いきや、流されてどんどん船から遠ざかっていってしまう。海水という、この透明で巨大な塊のエネルギーを感じつつ、どうやらルアーが着底したと見るや今度は必死に竿を煽って巻き上げる。なにしろゴツゴツと複雑に発達したサンゴ礁にルアーを投げ入れるのだから、うかうかしているとすぐに岩に引っかかってしまう。本当は着底するかしないかのところで巻き上げ始めたいのだけれど、うんと遠くまで斜めに流されているので深さの想像がつかない。

そんな海の底から、ゴツン、ブルブル、というアタリが伝わってくる。何がかかったのだろうとワクワクしながら巻き上げると、深みのあるウルトラマリンブルーの海面にポカリ、と朱い魚体が浮かぶ。オジロバラハタだった。船長に見せると「血抜いてボックス入れとけ」とキープ指令が出たのでその通りにし、上機嫌で再びルアーを沈めるとしばらくしてまたゴツン。この辺りに群れているらしい。海底から少し浮き上がったところで、頭をやや上向きにして獲物の小魚を睨みつつ泳いでいる群れの姿が目に浮かぶ。立て続けに釣り上げると、船長が早口の島言葉で「また釣ったんか、プロだな」と褒めてくれた。

船上でのお昼は、オジロバラハタたちを味噌汁に。個体によってはシガテラと呼ばれる中毒を引き起こす毒を持ちうる種なのだけれど、海人たちはどういう個体が危ないのかをよく知っているらしい。「食中毒の可能性のあるバラハタが築地に流通」という全国ニュースの「まあ、こわ〜い!」感は、無理もないことなんだけれど少し滑稽に見える。

港へ戻って水揚げしている間に、船主の海人の方が「おい、持ってけ。自分で釣ったんだから余計うまいだろ」と味噌汁の残りを持たせてくださった。ビニール袋はわざわざ二重になっていた。翌朝、また一段と味わい深くなった残りの汁と身を、美味しく食べた。


 
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2016年10月21日

ツチホゼリ Epinephelus cyanopodus

Epinephelus_cyanopodus

およそひと月半ぶりに海に入った。

夏は長袖に半海パンという楽な格好で泳いでいたのだけれど、8月後半にクシクラゲの類が大量発生しているのに出くわして、肌を露出して泳ぐのが怖くなった。そこでさっそくウェットスーツをオーダーしたのだけれど、その納品を待つあいだに、海に入るとき必要な「ちょっとした思い切り」を失ってしまっていた。そのまま9月をまるごとすっ飛ばし、重たくなっていた腰をようやく上げたのは10月に入ってのことだった。

海の様子は変わっていた。

夏場の浅瀬はいかにも有機物の多そうな、常に白く靄のかかったような濁り方をしていて、そのせいで風景はすべて白緑(びゃくろく)がかって見えたのだけれど、水は透明度と青みを取り戻していた。春に見た色だった。

魚が大きくなっていた。同じ個体に出会っているわけでもないだろうけど、コインのように小さくキラキラしていたアイゴの子たちは桜の葉っぱぐらいになっていたし、岩陰で用心深くこちらを見ながらホバリングするシロブチハタの子にも肉食魚らしい逞しさが出てきていた。

そして大きなサンゴの塊が点在する砂地で、他の魚の間をグンと駆け抜けたひときわ立派な魚影が、このツチホゼリのものだった。
春に見たのは手のひらよりふた回りほど小さな個体で、スズメダイの仲間に擬態しているのかなと思うような可愛げのある泳ぎ姿だったのが、すっかり怖いもの知らずの若者顔になっていた。

口もとの食べよごしみたいな斑紋が可愛らしい。ハタの仲間にしてはよく泳ぎ回り、こちらを気にして目をキョロキョロ動かすのがどこか人じみている。群青がかったシアンの青みに白をたっぷりと含む体色は、案外ほかの魚には見かけない。レモンイエローの尾びれをキュッと締める黒のエッジが、海底の白砂を背景によく目立つ。

その姿はとても目に心地好く、距離を保ってしばらく眺めたいと思っていたら、スイと呆気なく泳ぎ去ってしまった。

釣り上げた魚を手のひらに載せて、陽の光の下で眺めるというのは、魚をこちらの(人間の)フィールドで見るということだ。落ち着いて細部まで見ることができる。
けれども魚たちのフィールドである海の中では、自由に泳ぐ魚たちを視界に捉え続けるのも一苦労。でもだからこそ、一瞬一瞬の煌めきは、じっくりと眺めたとき以上に強烈に脳裡に焼き付く。ツチホゼリの泳ぎ姿は、その日久しぶりに見た海中の風景の中でもとりわけ印象に残った。


 
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